第9話 どこでもスパイの戦国時代
オババとともに、小荷駄隊の仲間を追った。
私には姑という最強の味方がいるかもという安心感も、しかし、荷のある場所に来て心が折れそうになった。
で、でかい! でかすぎる!
「トミさん、これ、なのか?」
「ああ、これだ」
大きな俵を乗せた2台の荷馬車が私たちホ組の担当だった。満杯の荷車を駄馬が引いていくのだけど、こんな量を馬1匹で引っぱれるのかい?
すごく不安になったね。だって、私が見上げるほどの高さだよ。まあ、この時代の女性であるマチの身長はとても低いが、それにしても、よくまあ乗せることができたものだ。
私たちと一緒に行く荷車は全部で8台ほどだった。それぞれ満杯に荷物をのせていて、引いてる馬は口元に白い泡を吹くほどの老いぼれ馬。きっと数ヵ月、いや数日後には、この世を去っていそうな老馬たちが、こんな苦役に駆り立てられるなんて、今こそ、動物保護団体の出番だって思ったよ。
その上に、付き従う兵は50人ほどなんだけど、それがまたヨボヨボの老兵と女ばかり。補給などの仕事は戦闘には役立たない人間を使うのだろう。
「兵は女と老人ばかりじゃないか」と、オババがトミに話しかけた。
不安に感じたと思う、私だってそうだから。
「ああ、そうだな」
トミの顔が
「いつもこうなのか?」と、オババがさらに問い詰めると、
「いや」と、短く否定してトミは怒鳴った。「おっし、出発だ! 遅れてるぞ」
私たちは行軍の最後尾だった。私とオババが身支度に手間取ったんで、遅くなったんだと思う。だが、このことが後に幸いした。
荷車には小学生みたいなハマがのり、別の荷車の手綱はカズが取った。体重の少ないものが手綱を取っているようだ。
馬にも驚いた。
現代のサラブレットのような美しい馬ではなく、ごつくて小さいんだ。北海道で見た道産子の馬みたいなんだよ。
よくこの小さな体で、おまけに老馬で、こんな荷を運べるなって同情するくらいだった。
戦国の世だから舗装なしのデコボコ道を、砂煙を
「荷台に1人でいいなら、私たちは何のためについてくんですか」
トミに聞くと鼻で笑った。
「お前たち、本当になにも知らんのだな。そのうち、わかる。荷車で通れへんところとか、馬車から下ろした荷を担ぐ人間が必要や。特に橋のない川の浅瀬を渡るときなんかな、それから用心棒としても」と、言ってからトミは独り言のように「今回の荷は大きいな」と、呟いた。
「どこへ向かってるんですか」
「それは、わからん」
「知らないのですか」
「先頭の道案内が知ってるわ」
それから、トミはギロっと睨むと、こう言い放った。
「あんま、聞くなや。疑われるで」
「疑われるって……」
「あのな。こういう荷を運ぶときには密偵が潜んでいるもんや。そいつらに行き先を知られんことも必要なんや」
そういうことか。
歩みの遅い荷車もあり、行列は徐々に縦に長くなった。のどかな道を歩いていると、ここが戦下だって忘れる。
「行き先、知らないって、スパイを警戒してた」
荷馬車の最後尾について歩くオババのところに戻った。
「ありそうなことだ」
「今は春だとすると、この夏の7月に足利将軍は再び挙兵するから。その辺のこと、パソコンで検索したいですね」
「検索できれば便利だな、まあ、検索できる環境なら、ここにはいないが。それで信長は勝つのだろう」
「ギリギリでした。この地帯を治めていた三好勢が、しつこくゲリラ戦をおこなって、織田を苦しめていたんです」
以前に琵琶湖周辺を支配していた三好家は名門だったんだ。
ほら、よくあるでしょ。
伝統に踏ん反り返って威張くさっていた奴が、いざって戦いになると、スタコラ逃げる。それから、プライド高いから、いつまでも根にもってコソコソと嫌がらせするって類がさ。
この時期の三好がまさにそれ、織田軍へのゲリラ攻撃で兵を削いでいた。
「なるほど。つまり、この行軍は危険があるということか」
「光秀の本体が攻撃しているのは、石山城か、今堅田城かわかりませんが、そこへの補給を狙うってありそうです」
「ふむ」
「携帯もスマホもない時代ですから、通信手段は人しかない。先ほどのスパイの話も、あながち大げさではないでしょうね」
「情報が、それほど大事なのか?」
「情報は命です」
「戦国時代も情報戦か」
「情報戦です」
オババは気持ちよく晴れた空に顔を向けると「どの時代もせちがらいものだ」と、呟いた。
(つづく)
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