第11話 お前、いったい何者なんだ。2
学校の教室で窓から外見ていたら、教師が同じ質問したときと同じくらい困った。ま、ちょっとその時とはニュアンスが違うけど。ともかく、あれはものすごく退屈な授業だったんだ。だって黒板の前で教科書を読むだけの授業ってなんの意味があるんだろう。
それで、「生徒です」って答えたら、一瞬、たじろいで、それから「授業を聞け」って、怒られた。
でも、天正元年(1573年)に必死で生きるトミの質問は、なんていうか言葉の重みが違って、だから誠実に答えたいって思ったんだ。
未来から来たとか、この体はおマチだけど、実は21世紀の人間なんだとか、でも、それは混乱させるだけだと思う。控えめに言っても。
こうしたことが秒速で脳内を信号として走りすぎたわけで……。
だから、この返事をする前に、すごく考えはしたと弁解しておく。そして、誠実に答えたいって思ったことも付け加えておく。
そう、いろいろ考えた結果、なぜか、私、こう言っちゃたんだ。
「ヒト科です」
オババは首を振り、トミは目を閉じコブシを握った。それから、肩をすくめて、で、「どっちへ行けばいいんや」って聞いた。
琵琶湖のほとりは闇に包まれ、完全に夜になっていた。
いや、もうね、そりゃ綺麗な星空。満天に輝く星々に圧倒されちまって、たぶん、ぽかーんと口を半開きにして、すごく間抜けな顔をしてたと思う。
戦国時代、人間は愚かな戦いばかり繰り返していたけど、空は平和な21世紀なんて、ケってくらい綺麗なんだよ。
「オババ、なんて荘厳な美しさ」
「ああ、信じられないくらいの星だ」
「天の川までくっきりしてます」
「そうだな」
これほどの星空って、ある意味、自然の脅威だ。人を感動させると同時に恐れさえ抱かせてしまうものだ。
「おいおいおい、空をぼーっと見ている場合やない」
「あ、すみません。あまりに星がすごくて」
「それが珍しいのか。腹のたしにはならんぞ」
「トミ」と、カズが声をかけてきた。「ハマが疲れているし、馬も限界だ」
ふと見ると、まだ小学生にしか見えないハマは、いつの間にか眠った馬を背に雑草の間で横になっている。無理をして疲れ切っているのだろう。
「少し仮眠を取って戻ろう」
「ああ」
枝を集めて火を起こし、数時間ほどだろうか、仮眠をとった。
焚き火を眺めながら、ヨシが少し離れた場所で、こちらを警戒している。ちらちらと鋭い視線を送ってくる。
私は疲れきっているのに眠れなかった。
パチパチと枝を弾いて燃える焚き火の音を聴きながら、北斗七星を探した。この星ほど見つけやすい星座はない、ひしゃくの形で、そのカップ部分から先を5倍にした場所に北極星が発見できる…
焚き火が下火になったころ、トミが「ほら、ハマ、起きな」と、号令した。
私もオババも、その声で目覚めた。
いつのまにか眠っていたのだろう。
トミがこちらを見た、
「あの、星! あれを目指して歩けばいい」
誰もなにも言わない。
「行こう」と、オババが言った。
「ちょっと待てや」
トミが太い枝を拾って、松明を作った。
「火がなければ歩きにくいやろ」
「敵に見つからないのか」
「もう、我らを襲っても得にゃあならんわ」
こうして、私たちは背の高い雑草を手で払いながら歩いた。
空がうっすらとしてきた頃、多くの鳥が凄まじい声をあげる一角に差し掛かった。不吉なものを感じた。
「あれは、鳥が集まっているけど」と、トミに聞いた。
「見たことがないのか」
どう答えてよいか迷って、それで黙っていた。
「おおかた死体でもあるんだろう。夜が明ける前には骨だけに食い尽くされている、と言ってもほとんど食べるとこなんかないんやが」
「食べるとこがない」
「野垂れ死さ。骨と皮しか残ってまい」
ここは雑草が茂り、人が手をいれた様子がない。どこまでも荒廃した大地が続いている。雑草でさえ食べられる物は食い尽くされている。戦乱の世とは、こういうものなんだと理解した。人も犬も例外なくやせ細っている。
2020年、私はいかに痩せるか苦労していた。ダイエット本がバカ売れしている世界で生きていた。なんだか恥ずかしい気持ちになったのは確かだ。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます