第7話 新しい仲間
明智光秀が心血を注いで築城した坂本城は真新しく輝いていた。五月晴れの空に天守がひときわ美しい。
私たちは人づてに城内の徴兵場所にたどり着いた。
「兵になりたくて来た」と、城の門番らしい槍を持った男に聞くと、オババをみて「あんた戦えるのか」と、
「なにを、こしゃくな。私の戦闘能力は50万馬力だ」
こ、こら、オババ。ここで訳のわからん戦闘能力を出してどうする。意味不明だから。
「そ、そうか、それは素晴らしい!」
わかるんかい!
「あっちへ行け」
指でさされた場所に向かうと、男たちの集団がいて、私たちをチラチラ値踏みしている。女が珍しいわけでもなかろうが鳥肌が立つようなブキミさを感じた。
「あんたら!」
ひときわ大きく野太い声がした。
「新しい兵か」
まるで相撲力士みたいに太った大柄な女がこちらに向かって叫んでいた。
「そうだけど……」
「なに?」
「そうだ」と、もう一度大声を出した。
女が手招きした。
「じゃ、こっちに来な。女部隊はこっちだ」
「あ、ありがと」
男たちの集団を抜け、私たちは女の後ろに続いた。
「名前は」
「カネと、アメ……」
アメ? マチだけど、ま、いいか。
「カネとアメか、よろしくな。オラはトミや」
トミはガハハという
案内された場所は戸板で屋根がついただけの薄汚れた場所で、数人の女が無表情でくつろいでいる。どこかふてぶてしい雰囲気の荒んだ女が多い。
「どうだ、我らの部隊にはいらんか?」
「あなたの部隊」
「ちょうど人が減ってな。新しいのを探していた。ほら、そこに3人いるだろう」と、彼女は顎をしゃくった。
「オラの部隊や」
「あの、聞きたいことが」
「なんでも聞いとくれ」
「この部隊は鉄砲隊じゃないんですか?」
「鉄砲隊?」
その場にいた女たちが、こちらを見た。
「あんた、足軽か」
「いえ」
「おい、聞いたか。この姫さんたち、鉄砲隊に行きたいそうだ」
彼女の声には
「あの」
「兵に入るのははじめてか」
「はじめてです」
「ま、知らんでもしょうがないか。あれは足軽でも上の仕事や。よほど偉いもんじゃなきゃ、入れん部隊よ」
そうか、鉄砲隊はエリート部隊か。戦国時代の兵隊も階級があるのだ。確かに火縄銃は高価な武器だ。すぐ逃げるような雑兵に持たせる武器ではないだろう。つまり、どの時代も同じ。人がいれば身分が生じ差別ができる。案外と人の世界は差別がデフォルトなのだろう。
トミが仲間の女たちを太い指で示したけど、その様子が
「オラが
「坂本村のカネとアメ……じゃない、マチです」
「そうそう、カネとアメ、ん? マチ。ま、ええわ、じゃあ、こっちは、そこのちっちゃいのからいくよ。ハマや」
ハマと呼ばれた少女は小柄で、現代だったら小学生くらいにしか見えない。実際に小学生なのかもしれない。
もちろん、戦国時代に児童保護法案なんてないが痛ましく思った。それは私だけじゃなく、オババも眉をしかめていた。
「その奥にいるのが、カズとヨシ」
「こんにちは」と、オババが言った。
「あんた、年食ってるが大丈夫か」
ヨシと呼ばれた女が反応した。
ヨシはひょろっとした体型で、キツネのような目に特徴があった。その細い目が神経質そうにまばたきしている。
いかにも性格が悪そう。初対面から苦手だと思った。そういう人っているでしょ、最初から肌が合わないと感じる相手って。そして、大抵の場合、向こうもそう思っている。
「ダテに年は食っとらん」
「そりゃ、頼もしいな」と、トミが言った。
カズのほうは、ただ微笑んでいた。
その笑顔に、私、なんか涙が出そうになった。この世界で私たちに微笑みかけた初めての人間だと気づいたからなんだ。
「それから」
トミが奥のほうに視線を向けた。
しかし、そこには誰もいない…、いないはずだけど。暗くて見えないだけかもしれない。暗い中に何かが潜み息をしている。と思った瞬間、不気味な気配を感じて、ぞっとした。
「奥にいるのは、テン。最初に言っとくがテンに声をかけるなや。命が惜しけりゃな。これで全員、小荷駄隊のホ組や」
「小荷駄隊のホ組?」
「ここではオラ達みたいな兵は、イロハで分けられてるんや」と、言ってトミは不器用に太い指を折りながら数えた。
「イロハニホ……、五つ目の組や」
「主になにをするんですか」
「戦場まで荷物を運ぶのが役目やな」
「それで、私たちがホ組に入ったということですか」
「そうだ、今んところ5人だが、前は7人だった。2人はいりゃ7人組にもどるって寸法やな」
「2人はどうしたんですか」
「そりゃ、あれよ、死んだ」
オババと思わず顔を合わせた。
「大丈夫や。そんな簡単に人は死なねぇ。あれは運が悪かったんや。荷馬車の輪っかが壊れてな、その下敷きになっただけや」
いえ、十分、怖いです。
「じゃ、あんたら、あの武具を使いな、すぐに出かける」
その武具とやらは、彼らが座っている片隅に無造作に放置されていた。
「アメ、あれは、たぶん、死んだ者の残りものだろう」
「そのようです」
「やり方わかるか?」
胴囲と足につける具足など、なんとか周囲を見て身につけてる間に、伝令が届いた。
「ホ組、荷が揃った。出れるか」
「へぇ、いつでも。あ、それと、あそこの二人。うちであずかるんで」
「名前は」
「おい」と、トミが聞いた。
「名前なんやったか」
「坂本村のカネとアメじゃない、マチ」
「だそうだ」
「わかった。つけとくよ、じゃ、よろしくな」
「おう! 仕事や、張り切って行くぜ」
威勢のよい声にくつろいでいた女たちが、よっこらしょって立ち上がった。
と、背後から奇妙な気配がしたんだよ。
はじめて最後の仲間テンが暗闇からあらわれた。
中背で細い体つき、顔は美しい。雑兵などしている顔立ちではないと思った。なぜかわからないけど。いっそ気高いような雰囲気で、そして、恐ろしかった、とても恐ろしかった。
静かに歩いてくるだけなんだ、けど……。
現代なら、プロのダンサーか。足音がなく猫科の動物のように、しなやかな所作で全く無駄のない動き。幼いころから鍛錬に鍛錬を重ねなきゃできないであろう歩き方、思わず、その優雅さに魅入っていると、目の前からテンが消え、にわかに首筋に冷たい金属が触れた。
「死にたいか」
冷たい氷のような低い声だった。
いつのまにかテンが背後にいて首を抑えられていた。
(つづく)
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