第4話 平均寿命15歳の時代に生き延びる


 土間で粗末な鍋を使い料理することで気分が紛れた。行き場のない心細さを感じたときは何かをするに限る。


 オババは鍋をかき回している。


 私は横目でオババをうかがった。この姑は現代では自信の塊のような性格で、「自分の道はまげねぇ」ってばかりに我が道を行く女だ。


 しかし、今、満月に照らされるその顔は青ざめている。そうだ、オババだって私同様に心細い。人は不安なときに奇妙な行動をしがちだが、例えば、私がひっきりなしにツバを飲み込んでいるように。オババは無心にカマドに薪を入れ、雑炊をかき混ぜながらラップをくちずさんでいた。


 普段なら親戚の話とか、近所の知らねぇわそんな人の噂話を、もうしゃべるしゃべる、その姑がラップ?


 🎵ヨオ、ヨオ、気がついたら戦国よっ! ヨッヨッヨオ!


 シュ、シュールだ。

 戦国時代の貧しい壊れかけの掘っ建て小屋で粗末な雑炊を作りながらのラップミュージック。


 その姿を見て、私は、はっと気づいた。


「おそらく」


 オババのラップが止まった。


「ん?」

「おそらくですけど、これは推論ですが」

「なんの推論だ」

「この世界にいる理由です」

「わかるのか」

「事実だけを考えれば、私たちは意識だけをこの時代のおカネとおマチに交換されてます」

「それは推論するまでもない」

「それで、考えたんです。アインシュタインが書いてました。時間と空間は常に連続して存在すると。私たちは3次元しか認識しないから理解できないと」

「わけのわからん理論だが、そんなものがあるのか?」


 オババの質問を無視して続けた。


「そう考えれば、異空間であるこの時代の、たぶん戦国時代の農民の母娘とわたしたちの意識が交差した。そして、私たちの意識がここにあるという状態と考えれば」


 オババは鍋をかき回す手を休めた。


「アメよ、もしその仮説が正しいとするなら、今、2020年に、この時代のオナゴの意識が飛んでることになるぞ」

「そうです。それを想像すると、つまり、私の家にマチがいる」

「そ、そうか、私の家にカネがいる」


 この真っ暗な電気のない世界から、いきなり450年ほど未来にブッ飛んだ女たち。それを考えると、私たちの混乱などなんてことないって思える。


「まず彼女たち、夜の明るさに卒倒するかもしれないな」

「パソコンやスマホ……、壊されたら嫌ですね」

「それは困る」

「この何もない状況から、いきなりの文明社会。もし、車にむかって飛び出したら」

「私たちの身体は死ぬ」

「ガラス窓を外と間違えてぶつかって怪我する」

「あ、それ、私もやりました」

「いや、そこでやるのか」


 オババの素っ頓狂な声に私は吹き出した。


 それから私たちは思う限りの彼女たちに起きる悪い事を予想した。それは一種のゲームのようで、夢中になって戦国時代の人間が未来に飛んだ時の心理状態を言い合った。あまりに夢中になり、しばらく、自分たちの状況を忘れることができた。


「やめましょう」

「ああ、今、考えることではない」


 雑炊がグツグツと煮だっている。暗闇では熱い鍋ほど厄介なものはなく、私は指に軽いやけどをして、オババは足元にこぼして悪態をついた。


「も、もし、もしですよ、ガスをひねって、火を消したら」

「ガス中毒死」


 私のベッドで目覚めるだろう、マチ。未来の先進技術など見たこともない原始人で、まず、最初はベッドから落ちて転ぶだろうな。それから…


「ルンバが動き出し、テレビが話し、時計が鳴ったら」

「恐怖で心臓麻痺」

「コンセントに指を入れる」

「感電死」

「ドアがいきなりしまったら」

「打撲死」

「エスカカレーターで転んで」

「転落死」


 わたしたちは再び深く深く沈黙した。


「文明社会じゃ。危険が多い」

「戦国時代で生き延びるのと、文明社会では、どっちが生存の可能性が高いんでしょうか」

「われらのほうは知識があるが、しかし、こっちの世界は飢え死にするのが普通のサバイバル時代、生活保護制度もないし、ここで生き延びるのも、そうとうハードそうだ」

「オババ。なんとしても生き延びて、そして、帰りましょう」

「歴女よ、案はあるのか」

「2日もすれば食べ物がなくなるし、お金は?」

「この廃屋では望みが薄そうだ」

「それに租税、税金が7割とか、そんなものがきたら、私たちでは払えません」

「税がそんなに高いのか」

「戦国時代ですから、普通です」

「悪代官よのう」


 貴族や武士ならまだしも、普通の庶民が生き延びるのは困難な時代。平均寿命が15歳の時代だ。言いたくなかった、ほんと言いたくなかったけれど、それしか方法がないのも事実であって。


「兵隊になりましょう」

「兵?」

「食べるために兵になると読んだことがあります。徳川四天王のひとりだった本多忠勝が手記を書き残しています。『男の中には血の匂いを嗅いだだけで、めまいのしてくる情けない者もいるが、女は毎月そうしたものに慣れているせいか、いざとなると度胸がすわっている。戦場で真っ先に突進していく。当今の武者よりよほど勇ましかったものだ』と、とくに火縄銃とか投石部隊などは女で編成されていたらしいです」

「なるほど、しかし、人殺しなどできませんよ」

「大丈夫です。この時代の農民兵は食いはぐれて志願した兵ですから。危ないとすぐ逃げて、それほど死者はでないんです。大将がやられたら、ともかく逃げる」

「そうか、それならなんとか。今日は寝よう。明日になれば、自分のベッドで夢から覚めるかもしれん」


 話をやめると、途端にカエルのなき声が大きく聞こえた。と、それに返答するように、ふくろうが、ほ〜ほ〜と声をあげる。ジャングルのような野生の音に包まれていると、心細さがつのり不安が増してくる。


「ま、まずかったですね、雑炊」

「まずかった。昆布もカツオ出しも、肉の旨味もないから仕方ない」


 カエルの声がかまびすしいうえに、耳もとでは虫が飛ぶ音がする。


「虫避け、欲しいですね」

「ここで生きていくなら、そんなことを気にしていられないだろう」

「テレビドラマの続きがみたいです。録画してくれてないかな」

「料理番組の料理」

「よだれものです」


 言葉を失い泣きそうになった。オババが我慢しているのだから、ここで泣いては嫁としての矜持が。


「音楽と本が欲しい。長年の眠る前の儀式なんだが」

「便利な生活があって当たり前でしたね。ここじゃ、火をつけるだけでも一苦労です、水道もないから、水汲みにいかなきゃいけないし」


 私は勤めて明るい声を出していた。


「目覚めたら私たちの時代ですよね」

「そう、きっと、そうなる」


(つづく)

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