10
私は春が嫌いだ。すべてが変わるから。
変化は私をみじめにする。
当然のように別れを悲しみ、出会いを喜び、それらを受け入れて成長する、そういう人たちを見ると、本当にみじめになる。現状維持を好む——現状にしがみつくことだけに必死な私は、ひどく劣った人間だと、嫌でもわからされる。目を背けていた現実が、自覚を迫ってくる。
ということで今日は始業式。要するにクラス替えです。わーい(棒)
私は終業式も嫌だった。そもそも長期休暇が嫌いなんだ。だって君に会えないから。部服姿の生徒たちに囲まれながらひとり制服で登校して、人気のない教室でポツンと席に座ってみても、君は隣にはいない——え? なに? そもそも席替えがあったからずっと隣じゃなかっただろうって? 席替えはあったよ? あったけどずっと隣だったの。ほんとびっくりだよね!——。
春休みはせいぜい2週間。たかだか2週間。されど2週間。私にとっては果てしない2週間。この永遠にも感じられる時間のなかで、私がどれだけ君を愛おしく思っていたか、君は知っている? どうせ本に夢中になっていたんだよね? いいんだよそれで。私はそれを望んでいるんだから。
でも本を借りに図書館にくらい来ればいいのに。ついでに何となく教室を覗いてくれればいいのに。勉強をするついでに、君を待ったいたのに。
それならいっそ君のもとを訪ねればいいのになんて、いじわる言わないで? むしろ理性と良心を強く保った私を褒めてほしいの。
朝目が覚めて、君に会える嬉しさと違うクラスになるかもしれない不安がゴチャゴチャにまざって、めまいがしたんだ。そのまま二度寝して、始業式をサボってしまおうとも思った。けれど、私が出席しようと欠席しようと今日の始業式は行われて、クラス替えは行われる。どうせなら最短でこの不安を終わらせてしまおうって切り替えることにした。
朝からシャワーを浴びて、髪を整えて、一昨日に急いでクリーニングに出して——春休みも登校していたからすっかり忘れていて、お母さんに怒られちゃった——無理言って1日で仕上げてもらったシワひとつない制服に身を包む。行ってきます!ってできるだけ元気に言って家を出た。学校までは徒歩10分。それなのに走っていったものだから、あっという間に着いた。
始業式は開始の30分前にクラス表が体育館前に張り出されて、それを見てからクラスごとの長椅子に自由に座る。現在の時刻は9時20分。始業式まであと40分。クラス表張り出しまで、あと10分。クラス表が掲示される体育館前の広いスペースには、すでに同級生たちがたくさんいた。挨拶をされたり、話しかけられたりするけれど、視線は常に君を探していた。たぶん君は端っこの方で本を読んでいるはずだから、いるならばすぐにわかる。見つからないってことはまだ来ていないってことだろう。
そうこうしているうちに、運命の時間がやってきた。先生たちがクラス表の大きな紙を持ってきて、掲示板に大きく張り出す。瞬間、所々で声が上がった。喜ぶ声や残念そうな声が飛び交う。
どうやら私は1組らしい。友達が嬉しそうに教えてくれた。同じだね!って。私もとっても嬉しい! みんなで手を取り合って喜んだ。けれど、君のことも気になるんだ。1組の名簿の後ろの方。あった。私の名前だ。そしてそこから順に下に視線を動かした。あわよくば私よりも6つぐらい後ろだといいななんて思いながら。
あった。あったよ君の名前!
私はまるで合格発表みたいに喜んだ!
瞬間世界が明るくなったみたいだ。視界が開けて、隅っこで本を開いている君を見つけたんだ。
君に向かって駆け出す。そして君に向かって飛び込んだ。でも君は相変わらず本に夢中で気が付かなかった。つまり君は、私に押しつぶされちゃった。始業式から保健室送り。なんかごめんね。
痛そうに頭のたんこぶに氷を当てながら出て来た君に、私はちゃんと謝った。君はびっくりするくらい大きなため息をついてから、笑った。なによ。殊勝な態度は私らしくないって言いたいの? じゃあ別にいいんだよね? いつも通りでいいんだよね? 私は君の右手を取って、体育館へ歩き出す。中に入ると、まだ始業式開始まで10分くらいあるはずなのに、式はもう始まっていた。きっと校長の長話の所為だって思う。いっつも時間オーバーになるから。新しい担任の先生が少し顔をしかめながらさっさと座るようにと長椅子の方を指差している。私は可愛く舌を出して誤魔化した。
長椅子に座る。君の隣に座る。
席に着いた瞬間、君は右手を振りほどいて本を取り出し、器用に右手だけを使って読み始めてしまった。今から始まる校長先生のありがたいお話なんて完全に無視する気だ。うん。それでこそ君だね。
体育館に風が吹き込んだ。本がパラパラとなびいて、君は少し不快そうに眉をひそめた。けれど私にはその風は心地よかったんだ。だから、風に乗せて優しく囁いたんだ。今年もよろしくねって。
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