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 今日は放課後に、君と図書室に来ている。

 時間は少しさかのぼって昼休み。君に誘われて中庭のベンチで一緒にお昼を食べた。食べている間は、視線を空中に彷徨わせながらぼんやりと私の話に耳を傾けてくれるけど、食べ終わると問答無用に読書を始める。まあ、私はそれを横目にボーっと過ごすのが好きだから、別にいいのだけれど。

 予鈴が鳴ったので、君は本を閉じた。その表紙には貸し出し用バーコードが貼ってあった。図書室で借りたものらしい。聞くと、放課後に返却しに行く気だったようだ。

 私はダメもとでついていきたいとお願いしてみた。意外にも、君はあっさりとそれを了承してくれたのであった。そしていまに至る。

 返却するのはその1冊だけだと思っていたけれど、君のリュックから10冊も本が出てきた。

 貸し出し限度いっぱいの冊数を、返却期限の半分、すなわち1週間も残して返却するらしかった。とんでもない読書量だ。なんせ君は他に自分の本も読んでいるからだ。君から本を借りて以来、私も少しずつ本を読むようになったけれど、せいぜい1週間に1冊が限界だ。

 君は返却を済ませると目を輝かせながら本棚の方へ向かった。私は苦笑いしながら後を追った。

 まずは新書のコーナーに足を止めていた。タイトルを見ていると、思いのほか面白そうなものが多い。新書といえば難しいものと思っていたけれど、知識欲に訴えかけてくる点で、物語よりもむしろ私には向いているかもしれない。

 換言すれば、君は苦手だろうね。真剣にみているけれど、前に読んでいた難しい本は結局投げ出してしまったし、さっき借りていた本は全部小説だったから。

 それでも君は白々しくうんうん頷きながら本を手にとってはすぐに戻すということを繰り返した。これはあれだ。難しい本も読めるアピールだ。見ていてこっちが恥ずかしくなってくる。

 やっと君はここを離れる気になったようだ。もちろん何も手に持っていない。ビンゴ!

 次は古典のコーナーだ。

 はっきり言って私は何の興味も持てないのだが、打って変わって君は目をキラキラと輝かせている。

 有名な源氏物語や平家物語、枕草子に土佐日記。宇治拾遺物語と更級日記もなんだか聞いたことがある。伊勢物語も名前だけならなんとか。どれも内容は全く知らないし、興味もない。ひとつだけわかるのは、どうやらこの学校の図書室は古典が充実しているらしい。

 そうしているうちに君は分厚くて大きめの本を三冊取り出して机の上に置いた。なんてことだ。表紙にタイトルは書かれていない。少しページをめくってみると多少の解説が載っているだけで、あとはひたすら古文が書いてあるだけであった。私は見なかったことにして、そっとそれを閉じた。

 君はもう次のコーナーに移っている。私も移動することにした。

 今度は自然科学のコーナーだ。

 フムフム。ここは私にとって実に興味深いコーナーだ。楽しい! 早速宇宙についての本を一冊抜き取った。

 私は宇宙が好きだ。なんかおっきいし、でかいし、壮大だし、膨大だし。

 私が宇宙の想像に思いを馳せていると、君は不満そうにこちらを見ていた。グイグイと袖を引っ張って次のコーナーへと進もうとするのだ。名残惜しいが君がそうするなら仕方がない。もとの場所に差し込んでなされるままに進む。

 続いて歴史コーナーだ。

 ここもいい! 少し前まで歴史なんてただの覚えゲーだと思っていたけれど、最近は世界史に興味あるんだよね。偉人の伝記とかも……って思っていたらまた強制連行されてしまった。なにが不満だというのだろう。

 やっとクライマックスの小説コーナーだ。さっきの不機嫌はどこへ行ったのか、私から手を放し本棚とにらめっこを始めた。しかし私が自然科学・歴史コーナーに戻ろうとすると、冷たい視線が突き刺さった。……大人しくこの辺りをうろつくことにしよう。

 何となく目についた本を手に取ってみる。やっぱり。この本は以前に君が読んでいたものだ。

私も借りてみようかなと思い、とりあえずパラパラとページをめくってみる。

 どうやら戦時中のドイツを舞台にしたお話のようだ。登場人物の名前が横文字かつ長すぎてちょっと面倒だ。

 前にやったときと同じように、何度も何度も読み返しながら少しずつ少しずつ読み進める。立ちながらだとあまり集中力が続かない。隣を見れば左手に五冊を持ちながら右手一本で器用にページをめくる君がいた。私は少し呆れて左手の五冊を持って鞄を置いた机に戻った。それから、椅子に座って私はさっきまでの本の続きに挑むことにした。

 もう二冊抱えて戻って来た君は本を読んでいる私を見て嬉しそうに笑った。

いや、違う。私が読んでいる本に気づいて揶揄うように笑ったのだ。

 恥ずかしい。

 だって。

 だって君の好きなものを好きになりたいんだ。

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