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 私は学校を休むのが嫌いだ。そういうとなんだかいい子ぶっているみたいに聞こえるかもしれないけれど、別に立派なことじゃない。確かに授業は面倒だが、勉強が遅れるのはもっと面倒だ。人間関係もすべてがうまくいっているわけじゃないが、家でひとりで過ごすぐらいなら、誰かと衝突しながらも友達と楽しく過ごす方がまだマシだと思う。

 そしてなにより、君に会えない。学校を休んでいいことなんて、なにもない。だから多少熱があるけれど学校に来た。

 しかしながら、これはこれで後ろめたい。他人に風邪をうつしてしまうかもしれないからだ。もしこれがインフルエンザだったらバイオハザードになるが、それはないと直感が告げている。大丈夫だ。たぶん。知らんけど。

 珍しくマスクをつけて登校しフラフラの私をみて、みんなこぞって心配してくれた。だから言ってやったのさ。


 私は38度の平熱だ! ってね!


 次の瞬間、まるでお神輿にでもなったみたいに担がれて、保健室に送還された。そして現在、保健室のベッドで非常に退屈な時間を過ごしている。

 時に、この学校では保健室のベッドを使わせてもらえる機会が少ない。

 なぜなら、体がだるいから休ませてほしいと尋ねてきた生徒には、すぐに早退を勧めるからだ。

 授業を受けられないほどにだるいなら、多少ベッドで休んだところで変わらないからもう帰って寝ていなさい。自力で保健室に来られたなら自力で家まで帰ることもできるでしょう? 

 「早退」は、本当につらい生徒にとってはありがたいし、仮病の生徒にとってはサボりが親にバレることになるので、なんだかんだ戻っていかざるを得ない——それでも仮病で早退するような気の座った子は、そもそも堂々と学校をサボる——。そういう意味で非常に合理的な話だ。

 しかし、今の私はその合理性から外れたところにいる。すなわち、ひとりで帰らせることもできないほど危険な状態にあるというわけだ。なんせ39度まで熱が上がっていたからな! ワハハ!

 先生は親に迎えに来てもらえるように連絡すると言った。けれど出せる力を振り絞ってそれを止めた。両親は重度の親バカだから、私が倒れたなんて知ると2人とも仕事を放り出して迎えに来て、ドン引くぐらい厚く看病してくれるだろう。せっかく朝も必死に隠しきったんだ。ここでバレては意味がない。他人に迷惑をかけるわけにはいかないんだ。役所勤めの母はともかく、父は2日前に3ヶ月間の海外出張に出たところだ。…………絶対帰ってくるんだろうなぁ。……うんやっぱり、に迷惑かけちゃいけない。

 私は保健の先生に家まで送ってもらうことになった。ただ先生は2時間ほど手を離せないとのことだ。その間ベッドを使用する許可が下りたのだった。

 ベッドは清潔でフカフカだ。だるかった体を沈めると一気に眠気が襲ってきた。堂々と学校で寝ても誰にも咎められない。妙な優越感と罪悪感を同時に感じながら眠りに落ちた。おやすみなさい。


 しばらくして目が覚めた。おはようございます。

 横に置いていた腕時計は一時間半ほど進んでいた。だいぶ体のだるさは取れていた。もともと体は丈夫な方だ。完全復活ではないが、明日には学校に通えるぐらいの元気を取り戻しているだろう。

 ちょうど保健室のドアが開いて人が入って来た。ペタペタと靴下で歩く音がする。先生が様子を見に来たのだろうか?

 目は覚めているがそれでも身体はだるく、未だまどろみのなかだ。無視するようで申し訳ないがこのまま目は閉じたまま寝ていることにさせてもらおう。

 ベッドの仕切りカーテンが引かれ、足音も止まった。なかを覗いて私の様子を確認しているようだ。ホッと息を吐く音が聞えた。それで終わりかと思ったが、その人は中に入ってきて、ベッドに直接腰かけた。座った部分が深く沈んでいる。数秒無音になったと思ったら、クスクスと笑い声。

 わかった。君だ。この笑い方は間違いない。どうせ私の寝顔を見て間抜けだと揶揄っているのだろう。恥ずかしくなったが、私は起き上がる気力はなかったので、君に背を向けるように寝返りを打った。君は起こしてしまったか思って、ビクッと驚いた後、少し反省しているようだ。

 それからしばらく、君はベッドに腰かけたままだった。そう言えば、なぜ君はここにいるんだろう。今は授業中だ。保健の先生はたまたま出払っているだけで、いつ帰ってくるかわからない。バレると怒られるだろう。どうすれば君は授業に戻ってくれるんだろう。勝手にひとりで混乱していると、廊下の方からスリッパをパタパタさせて歩く音が聞えた。今度こそ絶対に先生だ。

 動揺する私と対照的に、君は落ち着きはらっている。気づいていないわけでもないようだ。音が聞こえてベッドから立ち上がったから。君は私が寝返りをうった方に回り込んでから、徐に私のおでこに触れた。ひんやりとした君の手はすごく気持ちいい。それから頭を優しく二度撫でて、


 寂しいかな……ほんのちょっと。


 そう呟いた。あれ、幻聴か?

 ちょうど保健室の扉が開いて、先生が入って来た。

 君はカーテンから出て、驚いている先生にたどたどしく状況を説明した。体育の時間中にした打撲を治療してほしいとのことだった。それから3分も経たずに、君は保健室を後にした。

 先生は用事を終えたようで、カーテンを開いて私を起こし、様子を確かめた。

 顔を真っ赤に蒸気させる私をみて、先生は急いで替えの冷却シートと体温計を持ってきた。そしていま直ぐ病院へ行きましょうと心配してくれた。

 私はそれを大丈夫ですと元気を見せながら言った。

 だってこれはたぶん、お医者さんじゃ治せないから。

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