6
今日の昼休み、君は中庭のベンチで本を読んでいる。ちょうど木陰になっているベンチがあって、木漏れ日が心地良さそうだ。私はその姿を、3階の教室から眺めている。
4時間目が終わるチャイムを聞いた途端、君は礼もおざなりにして、いそいそと教室を後にした。いつもなら自分の席でつまらなそうに本を開いて菓子パンをちぎっているのに、その様子はどこか楽しそうだった。君がどこに行くのか気になった。誰かと約束をしているのだろうか?
そんなに君をウキウキさせるような相手がこの学校にいるというのか。どうして、私は知らない——そりゃ私は単に君の隣の席なだけなんだから、当然か。私はその人を羨ましく思って、少し——いや、めちゃくちゃ嫉妬したんだ。
だからといって後を追うことはできないし、ましてや行かないでなんて言う資格は、私にはない。拗ねた私はお昼の用意もしないで、中庭に生える木々が風に揺られているのを教室の窓からただ見下ろしていた。枝についた木の葉が勢いよく飛ばされていく。彼も決して逆らうことは許されない。その無力さはまるで今の私みたいだ。
感傷的になってポエムを心のなかで読んでしまう。そうしているうちにも木の葉はヒラヒラと飛ばされて行き、校舎から出てきた人の顔に偶然ぶつかった。
あれ? 君だ!
君は木の葉を面倒そうにはらって、いちばん日当たりのいい場所にあるベンチに座った。なるほど。あのベンチは人気があるから、急ぐ必要があったってわけだね。
すっかり青く晴れ渡った空の下、気持ちよさそうにノビをする君の姿は、普段の性格もあいまって猫のようだ。お決まりの甘ったるい菓子パンを片手に本を読み始めた。まわりに自然を感じながらする読書は最高なのかもしれない。私にはわからないけれど。
とにかく、いつも通りの君だとわかって安心した。それにさっきから友達が「おなか減ったおなか減った」とうるさい。かくいう私も、安心しておなかが減った。お弁当の準備をしようと思ったその時、突然何を思ったのか、君は空を見上げた。木漏れ日が目に入りきゅっと目が細くなったが、君は手で笠を作った。開かれた瞳は、必然のように私のものとぶつかった。
嬉しくなって自然に笑顔になる。君に大きく手を振った。
いつもの不機嫌な顔というよりも少し恥ずかしがるようにして、君はあわてて本へ視線を落とした。
うん。大満足だ。でももう少しだけ。ほんのちょっぴり見守ってから、私もお弁当を食べるために友達のところへ行こうと思っていた。しかし、しばらくして君が1組のカップルに絡まれたのを、見過ごせるわけがなかった。
中庭にはいくつかベンチがあって、まだその多くは空いている。ただ君の座る1番日当たりのいいベンチは『カップルシート』として、学内で暗黙の了解があったのだ。もちろんそんなことを知らない君は、すっかり縮こまってしまった。
私は柄にもなく強烈な憤りをおぼえた。だって君が急いで取ったベンチなのに。君は読書を楽しんでいたのに。どうして邪魔されなければならないのか。
その時、私の肩にポンと手が置かれた。一緒にお昼ご飯を食べている友達だ。いい加減にしろと急かしに来たところで、どうやら事情を察してくれたらしい。そのうちの一人が私のお弁当を差し出して、親指をグッと立てた。みんなも同じように親指を立てて笑っている。
私はそれに強く頷いた。みんなに背中を強く押されて駆け出した。何段も飛ばして階段を降りる。飛び降りる。
中庭に出ると、君はとうとう立ち上がりそうになっていた。だから、学校中に響き渡るような声で君に叫んだ。
君はこちらを見て目を丸くした。
カップルは私を睨みつけたけれど、状況を誤解してくれたようで、文句を言いながらもそこから最も遠く離れたベンチの方へ大人しく向かっていった。
私はそのまま君の隣に座った。2人の距離は拳1つ分だ。通路1本分の教室とはくらべものにならないぐらい近い。
それでも君は何も言わなかったから、呆れちゃったのかなと思って盗み見た。ところが君はしっかりと私を見つめていて、バレてしまった。でもいつもみたいに不機嫌そうに顔を逸らさない。君は顔を真っ赤にして呆けていた。
そんな君があんまりにも愛おしくて、我慢できなかった! とうとう抱きしめてしまったよ!
君は抵抗しないで、それを受け入れるように全身の力を抜いていた。
空からはヒューヒューと冷やかしの歓声が聞こえる。気を利かせてくれたお礼としてこれくらいなら見せてやってもいいか。私はそれにウィンクして応える。
でも、それが聞こえて君は我に返ったのか、私の身体を突き返した。
そのまま君はベンチから逃げ出してしまう、と思った。瞬間に後悔した。帰ったら冷やかしたあいつらに八つ当たりしてやろう。そう思った。
しかし、君はベンチの端に移動してキッと睨みつけただけで、もそもそとパンを咀嚼しながら本の世界に戻って行った。私の隣にいてくれるようだ。
それが本当に嬉しかった。
君と初めて食べるお昼ご飯だ。階段を駆け下りたせいで中身がグチャグチャになってしまったお弁当も、まるで気にならなかった。
あの日以降、君はあのベンチでご飯を食べる時だけ私を誘ってくれるようになった。
菓子パンと文庫本を片手に私の袖を引く姿がもう最高で我慢できなくて、毎回抱きしめてしまう。そのたびに嫌そうに押しのけられるけれど、でも、すっごく幸せなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます