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君はカッと目を光らせて札を叩いた。まだ君以外は誰も小指の先すら動かしていなかった。
今日は学校行事の百人一首大会だ。学年全員が体育館に集められて、ランダムに振り分けられた6人1組のグループになり、札を一斉に取り合う。偶然にも私は君と同じグループに振り分けられた。
運命だね。開始前にウインクしたらフンっとそっぽ向かれた。
物語が好きな君は、古典の時間ひとりで勝手に教科書を先に読み進めていて、学期が始まって早々にひと通りを読み終えていた。それで授業を聞きながら国語便覧を嬉々としてめくっている様子を、私はいつもこっそりと見ているんだ。国語便覧には小倉百人一首が載っていて、それを一生懸命覚えたのが役に立っているってわけだ。
かれこれ30枚は読まれているのに、君以外はまだ誰も一枚も取れていない。「大会に向けて頑張って覚えてきた!」と開始前に自慢げに話してくれた友達も、今や退屈そうに隣の人と話している。もはやこのグループには札を取ろうとしている人はほとんどいなかった。
けれど、そんなことはお構いなし。君は楽しくなって周りが見えていないようだ。すっかり自分の世界に入り込んでしまっている。
また君が上の句で札を叩く。
私はため息をついた。それは呆れからくるものじゃない。誰も見ていないからいいが、きっと今の私は恍惚の表情だ。そのぐらい今の君は輝いて、とてもいい表情だ。
でもそろそろ他の表情も見てみたい。私が変えて見せる!
先生が次の札を読み始める。
次の瞬間、私は誰よりも早く札を叩いた。
百人一首には1文字目を聞くだけで取れる短歌が7枚ある。札を広げる時、私は少しズルをして、そのうちの何枚かを自分のすぐ前に配置した。その時君が不満げな顔を浮かべたのを知っているよ。
私は取った札を誇らしげに君に見せつけた。周りのみんなは私をほめたたえてくれたけれど、まっすぐに君だけを見つめる。
やっぱりフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
一瞬君の口元が緩んでいたように見えたのは、気のせいじゃなかったはずだ。
そこから少し調子が狂ったのか、集中力が切れてきたのか、みんな少しずつ取ることができた。私も他にも覚えていた札を取って、合計12枚となった。
……それにしても、100枚中75枚をとってしまうのはいかがなものだろうか。
さすがにちょっと呆れてしまうけれど、そこもまた君の魅力だと思ってしまう私も、それなりにいかがなものなのかもしれない。
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