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 今日の理科の授業は理科室での実験だ。

 時に、私は高校で文理選択をする際には理系を選ぶと思う。数学は好きだし、理科も好きだ。国語と英語は人よりも得意ではあるけれど、好きとは違う。数学みたいに問題を解いていて楽しいとは思わないし、理科みたいに想像していてドキドキワクワクしない。社会に至っては嫌いだ。歴史はまだいい。覚えるだけだから——だからこそ苦痛だけれど。でも公民はさっぱりわからない。たぶんだけれど、論理的にいかないところが嫌いなんだと思う。

 そういうわけで、今日の実験をかなり楽しみにしていた。実験内容はカエルの解剖だ。メスを使っておなかを開いて、体の中がどうなっているのかを確認するらしい。教科書で見ているだけだった”知識”が”経験”になる。それはきっと私にとって重要なものになると思う。しかも、先生は任意で実験後にカエルを焼いて食べてもいいって言ってた! 私はそれもすっごく楽しみなの!

 ところで、読書の好きな君は——読書を嫌いなフリをする君は——きっと文系に進むんだろうね。けれどわかってる? 高校生になるには、理科も数学も勉強しないといけないんだよ?

 いいや、絶対わかっていないでしょ。だって君は理科の授業も数学の授業も、まるで聞いちゃいない。

 だから君は未だに教室にいるんだ。実験室に移動しなきゃいけないのに授業を聞いてなかったから、今日が実験だって知らないんでしょ。しかも本に夢中になって、誰もいなくなったことにすら気が付いていない。もちろん、隣の私にも気づいちゃいない。

 休み時間に私が友達と移動しようと教室に出たとき、君は相変わらず読書をしていた。理科室に移動してから、チャイムが鳴る直前になってもまだ来ない君が気になって、私はお手洗いに行くふりをして教室に戻ってみた。

 案の定、君は教室にひとりポツンと残されて本を読んでいた。なんだか緊迫したご様子。額に少し汗をかいている。あ、ごくりと唾を飲み込んだ。もしかして爆弾の解体でもしているのだろうか? 人質の首にナイフでも突きつけられているのか?

 そのままチャイムが鳴ったから、仕方なく私は君が気が付くまで待つことにした。20分経った今でも、君はなんにも気づかない。

 今なら、いつものように盗み見る必要なんてない。真剣に本を読む君をじっと見つめる。すると私の頬は自然と緩む。きっと誰にも見せられないような、みっともない顔になっているだろう。

 こういうことはよくあるよね。君は本が面白過ぎるとその世界に囚われてしまって、抜け出せなくなるみたいだ。だからそういう時、私は君を堂々と見つめることができる。あの時は笑いを必死にかみ殺していたね。あの時はハリセンボンみたいに頬を膨らませていた。この前なんか授業中にも関わらず大号泣していたんだ。あの時のフォローがどれだけ大変だったのか、君は知らないでしょ?

 あ、目が見開いた。その表情には少し怒気が孕んでいた。ページをめくる手は震えていてめくりずらそうにしていた。残りページはもう僅か。クライマックスの最中かな?

 ページをめくる手はどんどん速くなっていって突然止まった。そして君の瞳からポロポロと涙がこぼれた。それを拭うことなく、君の手は再びページをめくりはじめる。

 最後の文章を目で追ってから、君はゆっくりと本を閉じた。それと同時に瞳も閉じて余韻に浸る。しばらくして目を開いたとき、やっと君は、授業をサボって教室で二人きりだということに気が付いた。途端に椅子から転げ落ちて驚いた。

 私は声を出して笑い、君にハンカチを差し出した。

 君は腰を抜かして、ただ潤んだ上目遣いで私を見つめていた。効果は抜群だ。

 思わず抱きしめたくなった。

 どうにか堪えて、代わりに君の涙を拭ってやった。

 呆然としてなされるままだった君を「守りたい」って、「私が守らないと」って、そう強く思った。


 ……ところでさ。読み終わったなら早く実験室に行かない? まだ授業中だからこっそり戻ればバレないって。理科の先生優しいから、許してくれるって。

 もちろん他意はないよ。別にカエルを食べたいだなんて思ってないんだから!

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