4
今日の理科の授業は理科室での実験だ。
時に、私は高校で文理選択をする際には理系を選ぶと思う。数学は好きだし、理科も好きだ。国語と英語は人よりも得意ではあるけれど、好きとは違う。数学みたいに問題を解いていて楽しいとは思わないし、理科みたいに想像していてドキドキワクワクしない。社会に至っては嫌いだ。歴史はまだいい。覚えるだけだから——だからこそ苦痛だけれど。でも公民はさっぱりわからない。たぶんだけれど、論理的にいかないところが嫌いなんだと思う。
そういうわけで、今日の実験をかなり楽しみにしていた。実験内容はカエルの解剖だ。メスを使っておなかを開いて、体の中がどうなっているのかを確認するらしい。教科書で見ているだけだった”知識”が”経験”になる。それはきっと私にとって重要なものになると思う。しかも、先生は任意で実験後にカエルを焼いて食べてもいいって言ってた! 私はそれもすっごく楽しみなの!
ところで、読書の好きな君は——読書を嫌いなフリをする君は——きっと文系に進むんだろうね。けれどわかってる? 高校生になるには、理科も数学も勉強しないといけないんだよ?
いいや、絶対わかっていないでしょ。だって君は理科の授業も数学の授業も、まるで聞いちゃいない。
だから君は未だに教室にいるんだ。実験室に移動しなきゃいけないのに授業を聞いてなかったから、今日が実験だって知らないんでしょ。しかも本に夢中になって、誰もいなくなったことにすら気が付いていない。もちろん、隣の私にも気づいちゃいない。
休み時間に私が友達と移動しようと教室に出たとき、君は相変わらず読書をしていた。理科室に移動してから、チャイムが鳴る直前になってもまだ来ない君が気になって、私はお手洗いに行くふりをして教室に戻ってみた。
案の定、君は教室にひとりポツンと残されて本を読んでいた。なんだか緊迫したご様子。額に少し汗をかいている。あ、ごくりと唾を飲み込んだ。もしかして爆弾の解体でもしているのだろうか? 人質の首にナイフでも突きつけられているのか?
そのままチャイムが鳴ったから、仕方なく私は君が気が付くまで待つことにした。20分経った今でも、君はなんにも気づかない。
今なら、いつものように盗み見る必要なんてない。真剣に本を読む君をじっと見つめる。すると私の頬は自然と緩む。きっと誰にも見せられないような、みっともない顔になっているだろう。
こういうことはよくあるよね。君は本が面白過ぎるとその世界に囚われてしまって、抜け出せなくなるみたいだ。だからそういう時、私は君を堂々と見つめることができる。あの時は笑いを必死にかみ殺していたね。あの時はハリセンボンみたいに頬を膨らませていた。この前なんか授業中にも関わらず大号泣していたんだ。あの時のフォローがどれだけ大変だったのか、君は知らないでしょ?
あ、目が見開いた。その表情には少し怒気が孕んでいた。ページをめくる手は震えていてめくりずらそうにしていた。残りページはもう僅か。クライマックスの最中かな?
ページをめくる手はどんどん速くなっていって突然止まった。そして君の瞳からポロポロと涙がこぼれた。それを拭うことなく、君の手は再びページをめくりはじめる。
最後の文章を目で追ってから、君はゆっくりと本を閉じた。それと同時に瞳も閉じて余韻に浸る。しばらくして目を開いたとき、やっと君は、授業をサボって教室で二人きりだということに気が付いた。途端に椅子から転げ落ちて驚いた。
私は声を出して笑い、君にハンカチを差し出した。
君は腰を抜かして、ただ潤んだ上目遣いで私を見つめていた。効果は抜群だ。
思わず抱きしめたくなった。
どうにか堪えて、代わりに君の涙を拭ってやった。
呆然としてなされるままだった君を「守りたい」って、「私が守らないと」って、そう強く思った。
……ところでさ。読み終わったなら早く実験室に行かない? まだ授業中だからこっそり戻ればバレないって。理科の先生優しいから、許してくれるって。
もちろん他意はないよ。別にカエルを食べたいだなんて思ってないんだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます