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英語の授業中、君は突然あてられた。
実際のところは突然じゃない。列の前から順番にあてられていたから、一番後ろの席の君は解答の用意も心の準備もする時間があった。
でも今日の君も不機嫌そうに振舞うのも忘れて、すっかり本に没頭してしまっていた。君がゴクリと生唾を飲むたびに、物語の緊張感がこちらにまで伝わってくる。そしてそのあとにはホッと息をつくのを聞いて、私も胸を撫で下した。
私はお話の内容なんて知らないけれど、タイトルをググってみるとどうやら怪盗モノらしいことはわかった。あのときの君は、お宝を盗みに豪邸に潜入していたのかな? それとも、名探偵に追われていた? 両方かな?
ところで、英語の先生はとても怖いことで有名なおじさんだ。だから話を聞いていなかったとなると、一喝されてしまう。さらに読書していたことがバレれば、たぶん立たされてしまい、長い説教が追加されてしまうだろう。少なくとも本の没収は確実だ。
元々君は、なんでもない音読ですら声を震わせながらするような、あがり症で恥ずかしがり屋なのにさ。それなのに、出題不明の問いに英語で答えるよう迫られている。夢から叩き起こされたって表現がピッタリだね、なんて呑気に思ってみたり。
先生が早く答えるように急かしてくる。ああ、顔からどんどん血の気が失せていっているじゃないか。問題なんだから、わかりませんと答えてしまえばその場をしのげそうなものだけれど、本当に頭が真っ白みたいだ。
私は君の机に向かって小さな紙を投げ込んだ。
君が怯えた様子でこっちを見たから、『開いてみて』とジェスチャーで伝えた。そこにページと問い番号を書いておいた。英語は君の得意教科だから、答えは書かなくてもいいよね?
少し意地悪をしたつもりだったけれど、すでにいっぱいいっぱいの君には伝わらなかったみたいだった。問いが判明して落ち着いたのか難なくそれを解き、いつも以上に噛みながら難ありに答えた。
よかった。君は本を没収されたらきっと悲しむよね。そんな君を見たくはなかったんだ。でも順番が回ってきていることを君に教えなかったのは、別に読書の邪魔をしたくなかったからじゃない。私にそんな義理がないからでもない。
久しぶりに、君が困っている顔が見たくなったんだ。見たくなったんだもん。可愛い乙女心なのさ。仕方ないよね。
もちろん少しの罪悪感はある。それに釣り合うくらいの少しの反省をして君の方を見てみると、君は私に向かって小さな紙屑を投げつけた。ちょうどおでこに当たって机に落ちた。
恩人に対してなんてことするんだと非難の目を向けると、君はもうすでに物語の世界に潜っていた。
くしゃくしゃの紙屑を取って広げてみると、
『早く教えろよバカ』
そんな罵声が書いてあった。実に君らしいったらありゃしない。
これは君から初めて貰った記念品だ。大事にしまっておこうと思って皺を丁寧に伸ばしていると、紙の端っこに本当に小さくあった。
『ありがと』
ハッと隣を見る。君の耳が赤くなっていたところを、もちろん見逃さなかったよ。
まあなんというかさ、やっぱり現実もそんなに悪いものじゃないよね?
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