第3話 泥濘に浮かぶ花弁の色は

「はぁ……、はぁ……」

 訳がわからなくなりそうな時間だった。頭がチカチカして、身体中まだビリビリして、気を抜いたらこのまま眠ってしまいそうなくらいの倦怠感が、仰向けで天井を見上げる私を包んでいる。

 そんな私を見下ろして、彼女は「物好きだよねぇ」とせせら笑う。ホテルの照明の下で汗ばんだ肌がぬらぬらと輝いて艶かしい――この肌が、舞花まいかさんにずっと触れていたの?


埜々香ののかちゃんってさ、お母さんのことが好きなんでしょ? それなのに、なんであたしに付いてきたわけ?」

「そ、んなの……」


 わからない、わかるわけない。

 だけど、あの勝ち誇ったような笑みを見せられて、そのまま家に帰れるとは思えなかった。もし、あのあとすぐに『お母さん』の顔で出迎えられてしまったら、きっとおかしくなってしまっていた。

 今までの『娘』と『母親』の関係ではいられなくなってしまいそうだった。頭を冷やす時間が必要だった。だから、この人に付いていった――それだけのことだった。


 けど、その後のことは?

『いいんだよね?』

 そう蠱惑的に尋ねてきたこの人のことは嫌い、もう引き裂いてしまいたいくらいに憎かったはずなのに、服をはだけて迫ってくる彼女に、私は逆らえる気がしなくて……。

 初めてのことだった、自分以外の誰かに弄られるってこんなにふわふわして、不安で、止められないようなものだったんだ、って……知らなかったから。


 ……ごめんなさい。


 されている最中、私はずっとそう言い続けていた。誰に、なんの為に言っているのかもわからないまま、息継ぎすらできないほど上がった息で、降りてこられなくなる心に逆らうように、ずっとごめんなさい、と言い続けていた。

 この人としてるのは本心じゃない、心はずっと舞花さんのもの。ううん、舞花さんが娘としてしか私を見ていなくても、私が舞花さんを離したくない、だから、だから……あぁ、駄目だ、思い出しただけで涙が溢れそうになる。


 罪悪感?

 自分の流されやすさ?

 いろんなものが私を押し潰して……


「これで、お母さんとお揃いだね」

「……え」


 なに、言ってるの?

 意味がわからなくて、でも予感めいたものを感じて何も言えずにいる私を笑うように、彼女は言葉を続ける。

「あたしね、お母さんの全部を見てるの。きっとあなたとか、ひょっとしたらお父さんだって知らないようなこと、全部知ってる。たとえば……」


 ぐちゅ、

「ゃ、――――っ!!?」

「あはは、お母さんもね、そこ弱いんだよ。今の埜々香ちゃんみたいな反応してくれるの、ほんと面白いんだよね~♪」

「くっ、――――ふっ、」

 ぐちゅくちゅくちゅっ、と自分からしているとは思いたくない音を聞かされながら、チカチカと明滅する視界の中で、思った。


 あぁ、舞花さんと同じなんだ、今……。こんな風に感じて、こんな風に声を出して、こんな風に溺れて……?

 その響きが、真っ白になった頭にぽたりと、染みた。

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昼下がりに咲いた… 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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