第2話 花弁を踏み締めて、堕ちる

 その光景を見たのは、1週間前。

 テスト期間が始まって、学校からの帰りが早くなった日。帰ったら何しようかな、とか考えながら帰った私を待っていたのは、いつものお母さんではなく、知らない女の人ふたりだった。


『んんっ、ぁ、はぁぁ…………っ、』

 お母さんによく似た声を上げながら、彼女はその女性ひとの指を受け入れていた。相手の人は、本当に知らない人だった。濡羽色のつやつやした髪の毛を振り乱しながら、彼女の部分に顔を寄せていた。

 それから露になった背中に、何かを描くように爪をわせていた。従順なまでに声を上げて、身体を震わせているその目に、私のことなんて映っていないように感じて。


『なに、あれ……!?』

 部屋に戻ってから、何度も自問自答した。

 確かにお母さんは年齢にしては若い見た目をしている。可愛らしい部類だとも思うし、お母さん自身にもどこかゆるい雰囲気があって、それに流されやすいし、なんか夢見がちだし、もしかしたら、と思わなくもなかった。


 けど、まさか不倫してるなんて……!

 普通なら、親が不倫してるところなんて見てしまったら嫌悪感のひとつでも覚えるものなのかも知れない。だけど、私はそんなの持てなかった。


 知らない女の人に弄ばれて喜んでいるお母さんは、とても綺麗だった。“お母さん”じゃなくて“舞花まいかさん”と呼びたくなるような、ひとりの女の人が、そこにはいた。

 お母さんしか知らなかった私にとって、それはあまりにも衝撃的な出会いで、それは同時に、初恋と失恋を同時に味わったような感覚でもあった。


「舞花さん、か……」

 自分でするとき、私は彼女のことを『お母さん』ではなくて『舞花さん』と呼んでいる。だって私が恋したのはお母さんじゃなくて、昼下がりのリビングで身をよじりながらあの女の人に酔いしれている女性だったから。

 私の恋は、きっと絶対に報われない。それがわかっているからこそ、あの女の人に嫉妬せずにいられなかった。


 私じゃ絶対に見られない姿をほしいままにして、私じゃ絶対に触れられないところを好きに触って、私じゃ絶対に感じられない気持ちを感じてるんだと思うと、胸の奥から、夜のとはまた違う熱が込み上げて。

 学校にいる間も、その人のことばかり。私は舞花さんばかり見ていたから、その人のことは見ていない。覚えているのは、眩しいくらいの金髪だけ。


 私やお父さんの前では絶対に見せない、ひとりの女性の姿。胸が苦しくなってしまう――そしてたまに、期待してしまうのだ、またあの光景を見たい、と。

 見たら後悔するくせに、また苦しくなるくせに、どうしても、『お母さん』が『舞花さん』になるところを見たくなる。胸が焼けるような痛みが襲ってくるのに――――あっ。


 帰って来た家の前。

 ドアからちょうど出て来たばかりの女の人が、玄関先から外に向かって歩いてくるのが見えた。その人も私に気付いたみたいで「あっ」と声を上げて、軽く会釈してきた。

 スラッとした高身長、やんわりと起伏のある体型、目鼻立ちな整った顔、それから輝くような金髪――服を着てるから100%そうだとは言い切れないけど、あの人だった。


 彼女を――舞花さんを汗だくになりながら穢していた、あの人。お母さんを舞花さんに変えていた人。

 じっと見つめていると何かを悟ったのか、彼女はゆっくりと私に近寄ってきて、囁きかけてきた。


「お母さん、今日も可愛かったよ?」

 頭のなかが、真っ白になりそうだった。

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