昼下がりに咲いた…

遊月奈喩多

第1話 花なんて散ればいい

「んっ……、」

 漏れそうになった声を、どうにかして押し殺す。隣の部屋で眠っている彼女に聞こえてしまうかもしれないから。無防備な寝顔で、安心しきった体勢で、きっと眠っているのだろう――そう思うだけで、また身体の奥から熱が込み上げてくるのを感じて、止まらなかった。

 やめたいと思っても、やめられない、この指が、彼女のものだったらいいのに、そう思う切なささえも、私にとっては甘くて刺激的な欲望で、――――っ、


「~~~~っ、」

 声を落としたくてガリ、と噛んだ指が痛い。

 見なくてもわかるくらい汚れてしまっている手を洗いたくて、階下に向かう。

 真っ暗で、なんの音もしない廊下。

 洗面所で手を洗っていると、洗濯カゴに入った洗い物が目に入った。そこには、彼女の脱いだ服も……。


 どうして、こんな風になってしまったんだろう? 自分で止めようとしても止められなくて、まるで条件反射のように、また身体中を甘い熱が広がり始めてしまう。

 こんなの、いけないことなのに。

 何度、自分のしてることに対してそう思っただろう。だけど、“いけないこと”だから止まれるわけではない。


「はぁ、……は、……ん――――、」

 彼女を思い浮かべるだけで、止まらない。

 彼女の姿を思い出したら、抜け出せない。

 学校が早く終わるのを言わなかったから?

 それとも時間も忘れるくらい夢中だった?

「んんっ、ふ、ぅ、」

 あんなの見せられたら、嫌でも気になる。

 そう思ってなかったのに、意識しちゃう。


「――――――、――――――っ!!」

 敏感になった身体は反応しやすくて、ドッと押し寄せてくる倦怠感に塗り潰されそうな頭をどうにか起こして、ようやく手を洗う。

 ……もう、溜息をつきながらこんなことをするなんて、何度目だろう? 我ながら気持ちが悪くて、消えたくなってしまう。

 だけど、どうしても治まらない。

 たぶん私は、あの姿を見てしまったせいで、おかしくなってしまったんだ。


『ふふふ……、素敵ね……』


 いつも座っているソファに両手をついて、緩やかな曲線を描くお尻を知らない人に向けて。反らした上体で後ろの人を乞うように舌を伸ばす姿。

 涙が滲んでくるのに、口から漏れる息はどこか甘くて。そんな自分が心底嫌いになりそうだった……。


  * * * * * * *


 朝、眠くてぼんやりした頭で階下に下りると、朝食の匂いが漂ってくる。安心する、私の日常の景色がそこにはあって。

埜々香ののか、おはよう」

 だけど、それは当然彼女も起きているという意味で。私が何も知らないと思っているのか、いつものように優しく微笑む彼女に、私もいつものように返事をする。


「おはよ、お母さん」

 彼女、、――お母さんの微笑みは、どこか艶があって。真正面から見ることなんてできなかった。


 その唇で、あの人とキスしてたんだ。

 その細くて白い指で、あの人を掴んだんだ。

 そのちょっと丸くてたるんでるお尻で、あの人を受け入れたんだ。

 その小さくないけど大きくもない胸を、あの人に掴まれてたんだ。


 服越しに見ているだけなのに、見てしまった光景がまざまざと蘇って、苦しくて。


「? どうかしたの、埜々香? 具合悪い?」

「――――っ!?」

 ぴた、とひたいを当てられて近付いた顔に思わず身を引いてしまう。大丈夫、と心配そうに見つめてくる目も、どこか艶かしさがあって。

 まっすぐに見つめ返すことなんて、できそうになかった。

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