第3話 起きたら、人生詰み始めている件
「於市、すまぬ。義兄上殿と戦わねばならぬ」
私が気が付けば、目の前で線の細いイケメンが頭を下げていた。
ピンときちゃった。きちゃたわー。
こいつ、浅井長政だ。つか、私、何年寝てたんだって話よね?
「お前様、そんな悲しい事を言わないでください。私はあの人の妹ですが、今はお前様の妻にございます。いつまでも御側に居させてくださいませ」
あっかーーーーーーん。
ヤバイですね♪って、魂の底から分かっちゃったわ。
コレ、馬鹿クレオと市混ざっちゃってるわー。無いわー。息子も娘もコイツ――長政の子じゃないとか、無いわー。馬鹿クレオの節操の無さ、貞操観念崩壊が空気感染してんじゃね?って言うくらいおかしなことになってるわー。
「駄目だ、於市、お前が、この子達が生きていてくれたら血は残る。流石に息子達は無理ではあるが、娘たちであれば義兄上も無碍にはすまい。本格的な戦になる前に離縁する故、織田家に戻ってくれまいか?」
「お前様……」
ピンク色の空気が漂う空間で、いい話っぽい感じにしてるけど、内幕が全部理解出来る私にしてみたら、市が毒婦かと思えるわ。コイツがなんか幸せそうな感じの記憶があるから居た堪れない。つーか、結局、長政に嫁いでんじゃん。破滅フラグ建築中じゃんよー。くっそ、馬鹿クレオが融合したせいで力のバランスがおかしくて私が深層に押し込まれて目が覚めなかった感じか?
「於市……」
「この馬鹿たれがー!!!」
まさしく渾身いや、魂身の一撃だろうか。寝貯めした感じの力を開放して市の制御を乗っ取り長政をぶん殴る。
「アホか? アホなんか? 今、私を送り返したら100%裏切りますと言ってるようなもんでしょうが!! 険悪な関係でも一応は縁組した状態を保っていけば、信長にまだ利用価値があると思わせられるし、そういう振りもできるっでしょうが!!」
「いや、しかし、それでは武士の信義に――」
「んのっ!! 馬鹿ちん!!!」
鼻血を垂らしながらも私に向かって、信義がどうとか言い出しそうな長政を再びぶん殴る。右手が超痛いし泣きそうなので、無事な左手で思いっきりビンタをくれてやる。グーパンじゃないのは利き腕じゃないので上手く殴れないと手首が大怪我するので平手である。小気味のいい音どころではない鈍い音がしたのは気のせいではない。長政の馬鹿が避けようと動いたので、追いかけるように打ったので掌底っぽくなったのだ。これは痛い。私も痛いわ!
「ふごぉっ」
「何が信義ですか? 嫁を貰った家を裏切る時点で信義とか言うなし! 親の付き合い脳を凸とか、落ち目の朝倉に付くとか時代の読めない馬鹿が取り繕ってもちゃんちゃらおかしいだけですぅ!!」
「!?」
殴られたこともそうだが、言われている事にもショックなのか、目を見開いてプルプル震える長政くん。まあ、もう君とかつけられるような可愛い年でもなんだけれども。って、アカン、馬鹿クレオの残滓が私に残ってる?
「馬鹿が生き残りたいなら手段を選ぶな!! 信長に媚び売って『朝倉の叔父貴を討ちましょうぜ』くらい言っておいて信長のケツをぶん殴りないよ! 挟撃すれば朝倉の公家かぶれの弱卒と琵琶湖の雑魚と呼ばれる小谷兵でも何とかなんでしょうが! 私を助けたいならアンタが勝ち馬になんなさいって話!! グダグダといい子ぶってたって戦には勝てないでしょう?」
此処に至っては破滅フラグを回避するには浅井家に買って貰う事だけ。それもおまけではなく大功を得なければいつまでたっても朝倉家のチンピラどまりでなのだから。幸い、詰みかけているとはいえ、歴史上の分岐点には至っていない。
金ヶ崎崩れ
桶狭間の奇跡に次ぐ、織田信長の強運を見せつけた戦だ。これを歴史通りではなく、覆してみせれば破滅フラグは消える筈。幸いにも、中学レベルの歴史でも乗ってる大きな出来事であり、何故か、険悪な浅井家を放置して信長が挑んだ戦だから付け入る隙は満載。あとは。このへなちょこ長政が根性見せれば……。
「分かったよ、於市。君の為なら、僕はなんと罵られても勝ちを拾うと誓う。義兄上にも書状をしたためよう。朝倉の家にも事情を話そ――ふごっ!」
アホすぎて無言で金的蹴りをしてしまった。
「敵を欺くにはまず味方からでしょうが!! 朝倉家にも馬鹿にされない為には、味方してほしくば頭を下げに来いと言うのです! 対等以上に求め、信長にも媚びを売り、ここ一番で美味しい所を全部頂くのです!! あわよくば、朝倉家もボコってしまうつもりで戦支度です!!」
そう、金ケ崎で信長お兄ちゃんを狩り殺し、狸も猿もぶち殺し、その足で一乗谷へ乗り込んで公家かぶれの時代遅れをボコってしまえば東から京への道は浅井家が抑えきれるのです。古城だけど、堅城の一乗谷を北の抑えにして、次は岐阜城を落とす。そうすれば吹けば飛ぶような小谷城ともおさらばして安全に北か東で地固めですね。後は外交でのらりくらりとしていれば地方があれている限り悠々自適の暮らしが舞っています。
ああ、破滅フラグさようならですわぁー。
「何をぼんやりしているのですか? さっさと行動してください!!」
「は、ははぁー」
めっちゃビビりながら駆けて行きましたが、破滅するよりもマシです。力が抜けて大変ですが、あとは色ボケ市でもなんとかなるでしょう。曲がりなりにも馬鹿クレオも融合してますし、戦の機を逃すことはない筈。
ああ、悔しいですね。
また、主導権が奪われていく感覚です。でも、ここまですれば――
――於市66%?
「あの子も頑張るわねぇ、そうは思わない、クレオ?」
「そうねぇ。私は分かる気もするけれど?」
「そう? でも私に付いてくれたわよね?」
「まあ、不細工と結婚するなんて嫌だし、美貌を駆使して戦場を掻きまわすのは女王としての責務みたいなもだもの。その上で、男達との逢瀬を重ねられるのなら尚の事素晴らしいわ」
とある夜に月を眺めながら市は独り芝居のように口ずさむ。
「それで、クレオは勝てると思うかしら?」
「どっちが?」
「勿論、愛しき長政様よ」
「可能性から言えば、勝てると思うわ。あの子転生者でしょ? 歴史を未来を知っているっていうのも満更嘘じゃないと思うしね。それでも――」
それでも――
口にするのは最悪のシナリオであり、避けられないであろう愚者たちの友誼。
「勝てないんじゃない? 長政君馬鹿だし? 多分、信義とか考えて自責の念でお兄様に情報漏らすんじゃないかと思うのだけれど?」
「そうでしょうね。それも私の名を騙り届けようとするでしょう。お兄様は私に甘いですし、猿を使えば張り切ってお兄様の下へ届ける出しょ?」
「分かるわ。変な所で気が利くと言うか、知恵が回るのよね、長政君」
勝てない。
そう口にするのは負けるからではなく、勝ちきれないから。掌から零れる珠玉を眺めているしか出来ない愚者だからこその戦。この戦で敗けていれば、まだ救いがあったのかもしれないと思う様な残酷な未来に届きそうな、そんな気配。
「それでも猿か狸でも討ち取れれば、あの子の望む未来と長政様の未来が重なるのかもしれないわ」
「それは望みすぎね。戦はいつだって最悪を運んでくるものよ。でなければ、私は此処にいないもの」
「そう……だったら、私の出番まで回って来そうね」
「あら? 私達の間違いじゃないかしら?」
「ごめんなさい。そう、私達ね。もう2人で1人、1人で2人だものね。でも、まだ完全じゃないのが、少し残念かしら」
「ええ」
そんな夜が過ぎ、金ケ崎で戦が始まり、織田軍が優勢で進む最中に、お市の名で両端を結んだ小豆袋が信長の下に届けられることになる。それを見た信長が見たことも無い程に慌てて退却命令を出した。そんな事を露知らず連合を組んだ徳川軍は孤立、包囲殲滅戦を仕掛けられることになり、これが後々の蟠りとなる。だが、猿の運命か狸の剛運かは不明だが、両者は命からがら逃げのびることに成功する。信長もまた彼らが囮となることで急死に一生を得たのだった。
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