翁橋平次の話
翁橋平次、と申します。湯飲みや茶碗なんぞを焼いて渡世する者でございます。
富士岡屋の先代に、後妻を世話してもらった御縁で本日は伺いました。
その、世話をしてもらった女が、二年暮らして連れ子を残して他所に拵えた男と逃げました。
ああ…… いや、悪いのはその女で、富士岡屋さんがどうこうということはございません。
お話は、残された連れ子、娘の方で、これがいなくなった母親を慕うでもなく、いつのまにか私の傍らで土を捏ねる真似事を始めました。
商売物のついでに、娘の拵えたものに絵付けをして焼いてでき上がった物を手渡してやりましたら、娘はたいそう喜びました。
ところが、収めた小皿に猫が集まる、という話を問屋からうかがって、それを使っている茶屋に立ち寄ってちょいと見せてもらったところ、どこでどう紛れこんなだのか、これが娘の手になる皿でした。
実は、長年、河壁誑斎先生に気に入っていただいております絵の具皿も、娘の拵えたものでございまして、これを使うと幽霊画が捗ると……、ええ、これは余計なお話で申し訳ありません。
その娘が嫁ぎましたのが、私が拵えます香炉などを扱ってくれます線香問屋でしたから、私も喜んでおりました。
その線香問屋から、私の収めた香炉で法事をしたところ、近親の者の夢枕に亡くなった人が立つという話が伝えられて、さてはと思いましたら、案に違わず、娘の手になる香炉でした。
その娘が子どもを産んですぐに亡くなりしたときには私も悲嘆にくれましたけれど、娘が残した香炉を無理に貰い受けて、それに嫁ぎ先の線香を立てて、夢に現れる娘と、毎日、話しておりました。
そんなある夜のこと。幼い娘を置いて逃げた後妻が、すっかり老いさらばえた姿で帰ってまいりまして、泣いて詫びながら娘に会いたいと申しました。けれども許せるはずはありませんから、私は娘の香炉から灰をつかんで投げつけてやりました。
もちろん、その香炉が娘の作った物であるとは知らせないままでしたけれど、後妻はその灰を被ると、恍惚と目を宙に漂わせ、娘の名を何度も口にしながら出ていって、二度と姿を見せることはありませんでした。
一礼した翁橋平次は、ほっと息をついて座った。
それを見計らったかのように、銚子を何本か中居に持たせて入ってきた女将に、
「今、ちょうど、皆さんのお話が終わったところだ。男ばかりでどうも色気がないから、女将から、艶っぽい怪談を一つ聞かせてくれ」
と富士岡屋が言った。
女将は、私に視線を投げて、
「じゃあ、あちらにお座りの方のお話をうかがってからにしましょうか」
そう言った。
富士岡屋は、
「やっぱりそういう趣向かい」
とこちらを一瞥したが、私が立ち上がっても、
「でも、見えないんだよ」
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