チェンジリング⑤

「ただいま」


 調査に向かっていた父が帰ってきました。

 私と母は玄関に向かい、「おかえり」と父を出迎えます。


「えらく早かったのね。もっと時間がかかると思ってたけど」

「そういう割にはあまり驚いていないね」

「連絡したのはそっちでしょ」

「そうだった」


 そうなのです。私と母は前もって早めに帰宅する連絡を受け取っていたので今日あたりに帰ってくると踏んでいました。ですので驚きはすくないのです。


「ほらお土産だ」


 そう言って父は紙袋を母に渡します。


「やった! 何々?」


 私は父に聞きます。


「クッキーだ。それとミウにはもう一つ……」


 父はポケットからアクセサリーを取り出し、それを私に渡します。


「何? 髪留め?」


 アクセサリーは赤いバラの髪留めでした。


「ありがとう」


 私はさっそく赤いバラの髪留めを着けます。


「似合ってるぞ」

「あなた観光ではないのよ」


 母が眉を八の字にして言います。


「分かっているよ。立ち寄った町でミウに似合いそうと思ってな」


 父はリビングで大きなリュックを床に置きます。そしてソファーにどっかりと座ります。

 疲れているのでしょうか。父は肩を叩きます。


「それより聞いたよチェンジリングのこと」

「耳が早いことで」


 母と私もソファーに座ります。


「ミウも人間界から来たっていう子に会ったんだよな?」

「うん」

「というかこの子が最初の接触者よ」

「そうか。ミウ、お父さんに詳しく教えてくれないか?」

「うん」


  ◇ ◇ ◇


「……なるほどな。ミウも大変だったな」


 私が話し終えると父は腕を組んだまま頷きます。


「本当よ。魔物は出るわ。カエデちゃんは倒れるわ。人間界から客人が来るわで大変だったんだから」


 と母が言います。


「で、そのリンって子は今どこに?」

「元の……ブラッドベリさんのおうちよ」

「それで……チェンジリングってことは……チノちゃんは人間ということだよな?」


 父はちらりと私の顔を伺いつつ聞きます。


「でしょうね」

「それでどうなるんだ?」

「どうって?」


 母が聞き返します。


「リンって子は人間界に帰るのか? それとも……」


 父はそこで止めます。

 それともの続きは何なのでしょうか?


「さあ? 明日、集会が開かれるから、たぶんその日に分かるんじゃない?」

「帰って早々に集会か」


 父はやれやれといった感じです。


「魔物の件はどうなったの?」


 父は魔物が活発化しているとかで遠くまで調査に行っていたのです。何か判明したのでしょうか。


「魔物の巣はなかったよ。ただ今のところリンって子が人間界からここまで来たことが魔物の活発化の起因ではないかと言われているね」


   ◇ ◇ ◇


 翌日の夕方。

 両親が共に集会に出席し、私は独り家でお留守番です。


 集会はきっとチェンジリング、そしてリンのことでしょう。


 リンはここに残るのか、それとも人間界に帰るのか。

 そしてチノはここに残るのか、それとも元の親の下へと人間界に行くのでしょうか。


 気になります。

 非常に気になります。


 さっきからこのことばかり考えています。

 すっごくモヤモヤします。


 何かをして気を紛らわそうと思いますが、何をしても頭の中はチェンジリングのことばかり思い浮かべてしまいます。


「んがー」


 奇声を発しながら私はベッドに仰向けになります。


 リンが残ればやはりチノの家で暮らすのでしょうか。


「そう言えばリンとチノって姉妹? ……て、違うか血は繋がってないんだ」


 チノのご両親とリンは繋がっているんだ。

 繋がってないのはチノで。本当の両親は人間でここにはいない。


 それってなんか悲しいな。


「チノは本当の親に会ってみたいのかな?」


  ◇ ◇ ◇


 玄関のドアが開けられる音を聞いて私は1階へと下りた。


「おかえり。どうだった?」


 返答とし母は肩を竦める。

 そしてリビングへと。


 私は父へと顔を向けると父は悲しい笑みを浮かべて私の背を押し、リビングへと誘います。

 リビングのソファーに私は座って、


「どういう話だったの?」


 もう一度母に聞く。


「最初にブラッドベリ夫妻が謝罪をして、その後でチェンジリングを行っことの説明があったの」

「うん。それで?」

「リンちゃんは元々病気でね。ここには住めない体だったの」

「病気?」


 母は頷きます。


「カエデちゃんと似たマナの病気で……いえ真逆ね。逆にマナを放出できない病気だったの。それで人間界で同じ様に困っている人を見つけてチェンジリングを持ちかけたらしいわよ」

「そうなんだ。もしチェンジリングをしなかったらどうなってたの?」

「両方とも亡くなってたわね」


 ではチェンジリングは間違ってなかったということでしょうか。

 チノとリンのご両親は娘を助けるためには仕方のなかったことなのでしょう。


「リンがここに来たのは?」

「それはあなたも知ってるでしょ。リンちゃんは本当の親に会いたくて来たのよ」

「それでここに住むの?」

「ううん。しばらくしたら帰るって」


 そこで母はどこか険しい顔で答える。


 どうしたのでしょうか?


「実はその時にちょっと色々と話し合いがあってね」


 父が割って入る。


「話し合い?」

「人間界に戻してはいけないとかね」

「どうして?」


 その問いに母が、


「リンちゃんは妖精でしょ。しかも魔導具が使えるらしいし。それに人間にこっちこと話されたら困るからよ」


 と言って母は溜息をつきました。


「それで話し合いに」

「そうよ。で、結局はしばらくしたら人間界に戻すってことになったの」

「チノは?」

「チノちゃんはもう妖精みたいなものでしょ。それに魔法も使えるんだし」

「じゃあチノは今まで通りってことだよね?」

「そうよ」


 私はその言葉にほっとしました。

 母はそんな私の心情を知ってか、


「良かったわね」

「べ、別に。そんなに心配してないんだからね」

「ツンデレね」


 母は苦笑しました。

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