チェンジリング③

 ベッドに寝転びながら本を読んでいると、


「ミウ、友達が来たわよ」


 母が私の部屋のドアを開けて告げました。そして私が誰かを聞く前にドアを閉めて1階へ下りました。


「友達?」


 私は読んでいた本に栞を挟み、部屋を出ました。


  ◇ ◇ ◇


「ミウ、こんにちには」


 リビングのソファーに座っている女の子が挨拶をしました。


「あれ? ティナ?」


 客人はティナでした。珍しい客人です。

 というのも、基本的にヴィレッジ派はあまり森には近寄りません。ティナは村長の娘として度々森の祭りやパーティー等に親子揃って参加をしています。が、一人で用があって訪ねてきたのは初めてではないのでしょうか。


「どうしたの?」

「遊びに来ちゃった。駄目だった?」

「ううん、全然」


 私達はリビングから私の部屋へと移動しました。

 ティナは私の部屋を眺めます。


「珍しいね。ティナがユーリヤの森に来るなんて」

「ちょっと聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」


 ティナは少し間をおいて、


「……について」


 とどこかおずおずと聞きます。

 どうして皆は私にのことを聞くのでしょうか。そりゃあ、最初に接触したのは私ですし。でもその時、私以外にも人はいたんですけど。


 まあ、体内マナのことでうちの母がおれこれと診察したからでしょうか。


 私は首を振り、

「分からないわ。ただ体調はよくなってるってことかしら。今は大人達がどうするか話し合っているってところじゃない? というかそれなら貴女の方が詳しいでしょ?」


 ティナは村長の娘です。私より多少は知っているのではないでしょうか。


 しかし、私に問われてティナは目を伏せます。


「私もあんまり……そのことについては何も……」

「まあ、子供には教えてくれないよね」


 とそこでドアがノックされました。


「ミウ! 入るわよ」

「あ、うん」


 母がジュースの入ったコップとお菓子が載った皿をお盆に載せて部屋に入ってきました。


「あなた達、どうしてリビングでなくてここに?」


 母が私に問いました。


「別に」


 特に理由はありません。ただ結果的には私の部屋で話した方がましという形になりましたが。


「あれ? そのお菓子は?」


 ピンク、黄色、緑、青色といった私の知らない色とりどりのお菓子を乗せた皿が目に入りました。

 それらは色のついた生地でクリームを挟んだものです。


「これはマカロンっていうの。ティナちゃんが持ってきてくれたのよ」

「はい。人間界のお菓子だそうです。あっ、正確には人間界の物を再現したものです」


 ティナは慌てて説明する。


「分かってるわよ。人間界の現物なんてなかなか手に入らないから」


 そこでふとあることに気付きます。


「そう言えば、人間界の物っていうとあの子が持ってたものとかはどうなったの?」


 私は母に尋ねました。


「ん~今は、街の学者さんが村に来て調べているか、村の役所が一時保管しているのかな?」


 母は首を傾げながら答えました。どうやらそこらへんは母の知らぬところなのでしょう。


「あの子はどうなってるの?」


 私はついでにと尋ねました。

 自然な流れです。不審には思われないでしょう。


「もうすっかり元気よ。ただ、彼女についてどうするかは決まってないらしいね」

「まさか座敷牢とかになりませんよね」


 怯えたように言うティナに母は笑い、


「それはないわよ。せいぜい悪くて人間界に押し返すくらいよ」

「そうですか」


 ティナはほっと胸を撫で下ろす。


「にしても座敷牢なんてよく知ってるわね」

「えっと、昔の本に書いてあって」

「ミウも知ってる?」

「うん。私も知ってる。前に小説で出てきた」


 私は母の問いに素直に答えました。


 お屋敷にある私設の牢屋です。

 確か双子の片割れや、白髪の子、狐憑きでしたかそういう子を牢屋に入れるというやつです。なんでも昔はそういった普通とは違う出生の子や生まれつき体が人と違う子が忌み子として座敷牢に入れられてたとか。


「あらら、図書館の蔵書ってどうなってるのよ」


 母はまったくといった感じで額に手を当てました。


「あの子は人間界に帰るのですか?」

「あー、んー、どうかしら? 向こうに里親がいるから……帰るとは思うんだけど……どうなるの、かしら?」


 母もその件は知らないようです。


 そして腰を上げて、「どうぞゆっくりね」と言って部屋を出ました。


 母が出た後、私はマカロンを口に含みます。

 ティナはマカロンもジュースにも手をつけません。じっとお盆を見ています。しばらくしてから顔を上げ、


「自分の子を取り替えるってどんな気持ちだったのかな?」

「分からないわよ。そんなの。でも………複雑だったんじゃない?」


 理由は何も聞かされていない。どんな理由があったのだろうか。


「……人間の子か」


 ティナがぽつりと呟いた。

 人間の子。それは取り替えられ、妖精界で妖精に育てられ暮らした子。


 もしかしてティナは怖いのではないか?

 今まで自分と同じ妖精の子が人間の子だったのだからどう接すればいいのか戸惑っているのでは。


 私達は人間界には興味がある。人間が生み出す機械は常に私達は驚かされます。しかし、興味があるのは機械であり、人間ではないのです。


 人間対しては恐怖心があってもおかしくはない。

 今まで通りにはいかないのでしょうか。


 町でも関係のない私ですらユーリヤの森出身ということで色眼鏡を向けられることもあります。


「私達はもっとあの子のことを知るべきなのかもね」

「ミウどういうこと?」

「ティナはあの子のこと嫌いなった?」


 その質問にティナはぶんぶんと首を振って否定した。


「なら今まで通り……なんだけど、どうしても周りが変な目で見るとこっちも意識しちゃうよね。……ならさ。とことん知るのも1つの手、なのかな?」


 私がそう言うとティナの目から光が現れます。


「そう! そうよね! 下手に隠したり触れないようにするより相手のことをきちんと知るべきよね!」


 ティナは力説します。


「そうね」


 私はもう1つマカロンを食べます。そしてジュースを。


「まずは調べないと」

「調べるって?」

「お父様に聞きますわ」


 ティナはそう言ってごくごくとジュースを飲みます。そしてマカロンを口の中に放り込みます。


「ん!」


 詰まったのでしょうか。険しい顔をして胸を叩きます。


「ちょっと、ゆっくり食べなさいよ。ほらジュース」


 私は背中をさすり、ジュースの入ったコップをティナに渡します。

 そしてティナはジュースを飲み、落ち着きます。


「あ、ありがと、ござい、ますわ」

「ティナはお父さんに聞くのね?」

「ええ。お父様は村長ですから。あ! 村長というなら前村長のお爺様にも聞いてみましょう」

「でも知ってるかな?」


 チェンジリングは森の問題だ。村の村長だからといって知っているとは限らないはず。


「いえ。あれは知っているという感じでしたわ」


 どうやらティナはすでにチェンジリングについて父親に聞いていたようだ。


「でも教えてもらえなかったのでは?」

「次はおもいっきりぶつかりますわ。何がなんでも吐かせてみせますわ」


 ティナは意気揚々と答えます。


「そう。でもあまり無茶は駄目よ。私の方でも色々と調べてみるから」


 と言ってもどう調べたらいいのやら。

 う~ん。

 私が腕を組みつつ考えているとティナが、


「セイラやネネカにも協力してもらいましょう。確か二人のお父上も人間界について研究しているのでしょ? 何か分かるのでは?」

「うん。そうだね。二人にも手伝ってもらおっか」

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