第16話 パンケーキ②

「では皆さん、次はフライパンに生地を乗せて焼きましょう。まず先生が手本を見せるのでよく見ておいてくださいね」


 生徒は皆、クレア先生の調理場に集まっています。


「まず火を起こします」


 先生が魔石を使い火を起こします。


「火は危険ですので、先生が班一つ一つに火を着けにいきますので」

『はーい』


 次に先生はフライパンの上にバターを落とします。バターは熱で溶け始め、先生はバターナイフで転がします。


「バターをフライパンにまんべんに塗ったら次はパンケーキの生地を乗せます。ここで注意。いいですか、ホットケーキのように広くしてはいけません。小さくですよ。小さく」


 先生はおたまでフライパンの上に生地を小さく乗せます。


「さらにその上にゆっくりと生地を乗せます」


 生地の上にさらに生地を乗せます。ただしホットケーキのように広がったりせず、乗っかったままです。まるで2段の雲です。


「ではここでパンケーキの周りに水を少量垂らして、蓋をします。そして砂時計を置きます」

「先生、質問。焦げないの?」


 一人の子が手を挙げて質問にします。


「大丈夫よ。火は小さので。それに砂時計も1分ほどだから」


 そして砂時計の砂が全部下に落ちて、先生はゆっくりと蓋を開けます。


 すると隙間から甘い香りが漏れます。その香りでだ液が口の中に溜まります。

 チノに至っては喉を鳴らしています


 蓋を上げるとパンケーキが露になります。フライパンのパンケーキは倒れずに高くもこもこと膨らんでいます。天辺も側面も黄色いけれどねばねばの液体状ではなく、固みを帯びています。


「でもどうやって返すんだ?」


 チノが皆の疑問を言葉にします。ホットケーキでも返すのに大変なのに高く膨らんだパンケーキをどうやって返すのでしょうか。


「そこはもちろんフライ返しを使います。ただし一つではなく二つです」


 先生はフライ返しの一つをパンケーキの下に差し込み、そしてもう一つを上に。


「挟むのでなく、あくまで上のフライ返しはバランスのためですよ」


 先生は慎重にパンケーキを浮かします。

 そして、


「よっ!」

『おお!』


 見事パンケーキをくるりと返しました。


「そしてもう一度少量の水を周囲に撒いて、またフライパンに蓋をします」


 先生は蓋をした後、もう一度砂時計を置きます。

 そして砂時計が落ちきって先生は蓋を持ち上げます。


『おお~』


 現れたパンケーキを見て皆、感嘆の声を上げます。


「皆さん、これで完成ではありませんよ」


 先生はヘラをパンケーキの下へ差しこみ、少し浮かせて焼き具合を確かめます。


「ん~もう少しかな?」


 そこでドアが開かれ、一人の女性が調理場に入ってきました。


「そろそろかなと思って来たよ」

「遅いわよセリーヌ!」


 現れたのはセリーヌさんでした。


「ん? でも子供達はまだ火を使ってないじゃん」

「今から使うところだったのよ」

「お、うまそうじゃん」


 セリーヌさんは焼き上がったパンケーキを見て言いました。

 クレア先生は溜め息を吐き、


「はい。みなさーん、私とセリーヌで火を着けますので。……セリーヌ、分かってるわよね?」

「え、ああ、うん」


 パンケーキを凝視していたセリーヌさんはクレア先生に急いで顔を向けて頷いた。

 それにクレア先生はまた大きな溜め息を吐きました。


「さーて、先生のはできたかしら」


 クレア先生はパンケーキを裏返すと狐色に焼けていました。


「よし。それじゃあセリーヌは向こうから。私はこっちから火を着けるわ」

「了解」


  ◇ ◇ ◇


「それじゃあ火着けるよー」


 セリーヌさんは魔法で火を着けます。


「はいよ。さあ、パンケーキの生地を流しな」

「おう」


 とチノはパンケーキの生地をフライパンに流そうとします。


「待った、待った。まずはバターを使わなきゃあ」

「あ、そっか」

「じゃあバターを入れるね」


 ティナがバターをフライパンに入れます。

 溶けたところでチノがおたまでパンケーキの生地をフライパンに乗せようとします。


「チノ、小さくよ。小さく!」

「分かってるって」


 とは言うもののチノはたくさん生地を流しちゃいました。


「あ・ん・た・ね!」

「ミウ、顔が怖いぞ」

「あんたが大きくするからでしょ!」

「悪い、悪い」


 とチノは私にボウルを渡します。


「文句言うならやってみな」


 私はフライパンにパンケーキの生地を流します。

 小さく生地を乗せ、そしてその上にまた生地を乗っける。


「あ! そっか二段にするんだった」


 チノは私のパンケーキを見て、声を上げる。


「はい、ティナ」


 私はチノでなくティナにボウルを渡します。今、チノに渡すと二段目も大きくしちゃうかもしれないからです。


 そしてティナが生地を乗せます。その次にネネカが。

 最後に二段目を乗せようとするチノにボウルが周ります。


「え、少ない」

「あんたが最初にいっぱい流すからよ」


 それでもチノはなんとか生地をかき集めてパンケーキの上に乗せます。それでも少なく鏡餅みたいになります。


「水を入れるよ」


 私は水を周囲に撒いて、蓋をします。

 そして砂時計を置きます。


  ◇ ◇ ◇


「お、いい感じに焼けたじゃん」


 砂時計の砂が全部下に落ちて蓋を開けて、パンケーキを裏返しました。

 パンケーキは全部綺麗な狐色をしていました。


 もう一度水を周囲に撒いて、蓋をして砂時計を置きます。


「なげーなパンケーキは」


 チノが砂時計を見ながら呟きます。


「でもその分おいしいのができますわ」


 ティナが返答します。

 他の人はどうだろうと私は他の班に目を向けます。

 特に問題はないらしく、どこも同じようにフライパンに蓋をしています。


「そう言えばさっきパンケーキとホットケーキって同じって言ってたけど。じゃあなんで名前が違うんだ?」


 とチノがネネカに尋ねます。


「元はパンケーキだった。しかし、日本では『ケーキ』風の『パン』と誤認されるから、違う名称になった。始めは『ハットケーキ』それが『ホットケーキ』になった」

「つまり日本ではホットケーキなのか?」


 ネネカは頷き、


「そう。ただ最近はパンケーキの名称が使われている」

「へえー」

「さ、砂も落ちたし、蓋を開けるよ」


 ネネカの話を聞いている間に砂時計の砂は全部下に落ちていました。

 蓋を開けてパンケーキのでき具合を確かめます。

 私はフライ返しでパンケーキを返します。

 パンケーキはきちんと狐色をしています。


「ん。完成かな」


 私は皿にパンケーキを乗せます。そしてはちみつを塗ります。

 続いてチノ、ティナ、ネネカがフライ返しを使い、パンケーキを皿に乗せます。

 皆、完成したところでセリーヌさんに火を消してもらいます。


「お前ら上手くできたな」

「セリーヌさんはどうするんですか?」

「ん?」

「パンケーキですよ。セリーヌさんの分ですよ」

「ああ! 私の分はほら、あれさ」


 とクレア先生のフライパンを指します。


「今、焼いているんだよ」


  ◇ ◇ ◇


『いただきまーす』


 私達はパンケーキをナイフで切り分け、フォークで刺します。ふわふわなので切りにくいし、刺しにくいです。

 でもひと口食べると甘い幸福感に満たされます。


「ほっぺが落ちるわ」


 とティナが満足そうな顔で言う。


「確かにうめーな。……ん?」

「どうしたのチノ?」

のやつ真ん中のとこがちょっとべっちょりしてる」


 見てみるとまだ火が通っていないらしく、べっちょりとしています。


「本当だ。でも私のはちゃんと焼けてるわよ」

「わたくしのもですわ。どうしてでしょうか?」


 その疑問にチノが答えた。


「大きいから火が通りにくかった」

「なるほど」

「ええー!」


 チノが不服そうに唇を尖らせます。

 大きく作ったから自業自得です。でもかわいそうだからフォローしておきましょう。


「まあ、少しなんだし問題ないんじゃない?」

「ま、ちょっとだしな」


 チノは元気を取り戻して食べ始めます。


  ◇ ◇ ◇


 先にパンケーキを食べ終えたのはチノでした。


「もう食べたの?」

「おう。まだ食えるぜ」


 それは余ったら食うぞという意味でしょうか。


「これ以上食べると晩御飯食べれなくなるよ」

「なに、晩御飯までまだ時間あるし。私はまだまだ平気さ」

「私?」


 ティナがフォークの手を止め、会話に入ってきました。


「なんだ?」


 チノは文句あるのかという目を向けます。


「いえ、別に」


 ティナは目を反らしてパンケーキを食べ続けます。


「変じゃない?」


 そう声を出したのは隣の班の男の子です。


「変じゃないでしょ。チノだって女の子なんだし」

 と私は言います。


「でもなあ?」


 と男の子は別の男の子に同意を求めるように疑問の声を上げます。

 振られた男の子は困ったように、


「え、ううん? よく分かんない」

 と答えます。


「別に『私』でもいいじゃない?」


 隣の班の女の子が言います。


「そうよ」

「チノも女の子なんだし」

「いいんじゃない?」

「でもなんで急に?」

「ねえねえ、何の話?」

「チノが『俺』でなくて『私』っていうこと?」


 どんどん周りへと伝播していきます。


「はい、皆さーん、静かにね。……えーと、チノも一人称を『私』って使ってもおかしくないでしょ。分かった?」

『はーい』


 何人かは納得がいかないらしく首を傾げています。


 チノは変に目立ったことでむすっとしています。


 先生もそれに気付いたのか、チノの頭を撫で、


「食べ終わったのね。それじゃあ……」


 そして先生はセリーヌさんに目を配らせます。セリーヌさんは立ち上がって、調理場の奥にある小さい倉の方に向かいます。


 その倉は人間たちでいうところの冷蔵庫の役割をしています。倉の中には白い魔石が入っていて、魔法で中の食材を冷やしているのです。


「皆さーん、パンケーキの後にはジュースがあるからね。チノ、こっちへいらっしゃい」

「はい」

「私も今、食べ終わりました」

「そう。それじゃあミウもこっちへいらっしゃい」


 先生は食器棚からコップを取り出し、私達に渡します。


「ジュースは倉にあるから。セリーヌがいるあそこよ」

『はい』


 セリーヌさんが倉の前でジュースの入ったガラス瓶を持っています。


「ほら、ちゃんとコップを持っていろよ」


 コップを前に出すとセリーヌさんがジュースを入れてくれます。


「ここで飲むな。席に着いてから飲みな」


 私達は席に戻ります。その時、すれ違いにパンケーキを食べ終えた子達がジュースを貰いに来たのです。


 そしてチノがジュースを貰いにきた男の子の肘にぶつかり、ジュースを少しこぼしました。


「ぎゃっ!」

「ああ!」


 ぶつかった二人は悲鳴を上げます。


「チノ! 何するんだよ!」

「そっちがぶつかったんだ」

「そっちだろ!」


 二人は目くじらを立てて睨みあいます。


「こら二人とも喧嘩は止めなさい」


 セリーヌさんが二人の間に割って入ります。


『でも』

「どっちも悪い」


 セリーヌさんが有無を言わさぬ迫力で言います。


『……はい』

「よし! じゃあ仲直り。握手」


 二人はしぶしぶ握手します。

 そしてクレア先生が雑巾を持ってやって来ました。


「ここは先生が拭いとくから」


 しかし、チノが、

「私も手伝います」

「お、偉いなチノ」


 セリーヌさんがチノの頭を撫でます。


 私も偉いと思いました。手伝うこともそうですがチノは『私』と言ったのです。こういう時ってつい元の言葉に戻るのですがチノはきちんと『私』と言ったのです。

 


「なに良い子ぶってんだよ」


 ぶつかった男の子がぽつりと愚痴をこぼしました。

 それを聞いてチノがぎろりと睨みました。今にも掴みかかりそうです。


 しかし、

「こら!」


 セリーヌさんが男の子の頭に拳骨げんこつを与えます。


「そんなことを言う悪い子にはジュースやらないぞ」


 と言われ男の子は慌ててチノに「ごめん」と謝った。


  ◇ ◇ ◇


「大変だったわね」


 拭き終わって班に戻ってきたチノに私はねぎらいの言葉をかけました。


「ティナ達は?」

「あそこ。ジュースの列に並んでるわ」


 今では多くの子がパンケーキを食べて終えていてジュースを貰おうと列をなして並んでいます。


「そっか」

 チノは席に着いて、ジュースを飲みます。


「甘! ……メロンか」

「うん。私もそう思う。白いメロンジュースなんて珍しいよね」


 メロンジュースといえば緑色ですから白いメロンジュースを飲むのはこれが初めてです。


「ん? お前ももう飲んだのか?」


 チノが空になった私のコップを見て、聞きます。


「あんたが床を拭いている間にね」

「ふうん」


 ちょっと嫌味ぽかったでしょうか。


「そういえばなんでパンケーキ食った後なんだ?」

「たぶんパンケーキのでき具合は人それぞれだからじゃない? それに出来た後だと並んだりして時間が経ち、パンケーキが冷めちゃうからかな?」

「最後に蓋して待ってる間には?」

「ん~それだと。砂時計から目を離しちゃうからかな? 黒く焼けたら嫌でしょ」

「なるほどな~」


 と言ってから、チノはメロンジュースを飲み干します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る