第15話 パンケーキ①

 今日の青空教室は人間界でいう家庭科の授業です。いつもの青空の下の授業ではなく、村の役所にある調理場での授業です。


 作る料理はパンケーキです。でもケーキって料理に入るかしら? 菓子料理?


 なんでパンケーキかというと最近、人間界で流行っているらしくて青空教室でも作ってみようということになったらしいです。


 しかし、役所にいるので青空教室とは違うような気がします。前にも調理実習というものがありましたが、その時は外の炊飯場でカレーライスでした。


「さあ皆、今からパンケーキを作るわよ」


 クレア先生が少しテンション高めに告げました。

 もしかしたらクレア先生がパンケーキ興味があったからなのではとも考えられます。


 私達は四人一組の班に別けられました。私の班にはチノ、ティナ、ネネカが。カエデとセイラは別の班です。


「チノ、一人称分かってるよね」


 私はチノにこっそりと確認します。


「?」

「『俺』ではなくて『私』よ」

「ああ! オッケー、オッケー」


 本当に大丈夫なのでしょうか。安ぽっく返されると不安です。


 クレア先生が手を叩きます。

 それで私達は皆、先生の方に向きます。


「ではみなさーん、まず卵を割って黄身と卵白を分けましょう。まず先生がお手本を見せますのでよーく見てください。遠くて見えない子はこっちに来てね」


 クレア先生の調理場から遠い班の子達は先生の調理場に寄ってきます。


「じゃあ、よーく見ててね」


 そしてクレア先生は卵を割り、まず卵白を小鉢に落とし、黄身をもう1つの小鉢に落とします。


「こうやって卵白と黄身を分けます。失敗したら先生に言ってね」

『はーい』


 私達は各々に卵と小鉢2つを渡されています。


「卵を強く叩いたら駄目だからね」


 班ということで私はチノに注意します。


「わかってるって。卵なんて割ったことあるって」


 そしてチノは卵を割ります。


「ほらな」

『……』


 班の私達は溜め息を吐きました。

 チノはわかっていないようです。

 そこへクレア先生がやってきて、


「あらあら、分けなかったのね」

「分ける?」

「黄身と卵白を分けましょうって言ったでしょう。先生がやってたのを見てなかった?」

「?」


 チノは首を傾げる。


「見てなかったの?」


 つい私は怒気を含めて突っ込みました。

 先生は私の肩を叩き、


「まあまあ、落ち着いて。仕方ないわ。ちょっと待ってて」


 先生は調理台に向かい器具を持って戻ってきました。


「これで別けましょう」


 と言ってチノに器具を渡します。それはお椀サイズのの小さい水切りでした。


「まず小鉢の上に置いて……そう。そのさっきの卵を入れて」


 チノは言われた通りに小さい水切りの上に卵を落とし、黄身と卵白に別けます。そして黄身をもう1つの小鉢に入れます。


「どうだ! やったぞ!」


 チノは2つの小鉢を私達に見せます。

 得意顔で言われてもね。


「みなさんも失敗したら先生に言うように」

『はーい』


 さっそくミスをしたからでしょう。いつの間にか私の班の周りに人が集まっています。


「さて私達も卵を割りましょう」


 私、ネネカは失敗せずに黄身と白身を分け、ティナは失敗しました。


「おいおい、失敗してるぞ」

「あなたこそ失敗したではありませんか!」


 チノに笑われてティナはぷんすかと怒ります。


「皆さん、割りましたね。では、次は粉と黄身、牛乳を入れてかき混ぜる人と卵白をメレンゲにする人に別れてもらいます。まず私が作るのでよく見るように」


 と最後は私達の班を見ながら先生は言います。


 先生はまず粉をボールに入れ、続いて黄身、ビーカーの牛乳、最後にヨーグルトを入れます。


「いいですか牛乳はちゃんとビーカーで量るように」


 全部入れたあと先生はおたまでかき混ぜます。


「だまができないようね」


 かき終えた後、別のボウルを出してそこに卵の卵白を入れます。そして少量の砂糖を入れます。


「皆さん、砂糖はいきなり全部使わないで下さいね」


 そして先生は機械を取り出します。

 それに教室が少しざわつぎす。


「これが何か知っている人いますか?」

「ハンドミキサー?」


 一人だけ小さく声を出した子がいます。

 皆、ぐるんと首を動かし、その子に顔を向けます。

 急に皆が自分を向いたのでその子は肩を縮めて驚きます。

 その声を発したのはカエデでした。


「さすがはカエデちゃん。見たことがあるのね」


 カエデは元タウン派だから機械のことをここの誰よりも知っているのです。


「ええ。まあ……」

「はい。皆さん、今からこれを使いますのでよく見てて下さい。ここにONと書かれたところにスイッチを押します」


 先生は私達に見えるように説明して、スイッチを押しました。


 ブゥゥゥーン。


 ハンドミキサーが音を立てて動きます。


『おおおお!』

『ひゃあああ!』


 驚きの声を上げる者、小さく悲鳴を上げる者で調理場にミキサーの音をかき消すくらいの声が響きます。


「これを先程のボウルに入れます」


 ハンドミキサーが卵白を高速でかき回し、卵白はみるみる透明から白くなります。


『おおおお!』


 今度は悲鳴の声はなく驚きの声のみです。


「ここで砂糖を入れます。そしてまたかき回します」


 徐々にふわふわのメレンゲになります。


「はい。これで出来上がりです。いいですか、ハンドミキサーで卵白の中に少し入れるくらいで、かくように回して結構ですからね。決してボウルの底におもいっきり突っ込まないように。それとボウルを持つ人とハンドミキサーでかき回す人に別れるように」


  ◇ ◇ ◇


「俺……」


 キッ!


「な、なんだよ」


 おや? 私が睨んだ理由を理解してないようです。私は口をパクパク動かして『わ・た・し』と無音で教えます。


「ん?」


 私はチノを引き寄せて、耳にこっそりと「一人称」と教えます。


「ああ!」


 分かってくれたようです。


「どうしたのです二人とも?」

「なんでもないよティナ。で、どうする? ハンドミキサーやってみたい人いる?」


 私の問いに、


『はい』


 と皆が手を挙げます。


「それじゃあじゃんけんで勝った二人がハンドミキサーで」


 そして私達はじゃんけんをして役割を決めました。じゃんけんで勝ったのはチノとティナでハンドミキサーを係を。私とネネカは小麦粉を。


 私は小麦粉の袋をハサミで開けて、ネネカがボウルが倒れないように固定します。


「入れるよ」

「ゆっくりと」


 ボウルに小麦粉を入れます。一気に入れると粉煙が立ちます。のでゆっくりとパサパサと入れます。


 そこでハンドミキサーの音が。

 チノがスイッチを押して、ハンドミキサーの泡立て部分が高速で回ります。


「チノ、ゆっくりとだよ」

「ゆっくりってなんだよ」

「先生が言ったようにボウルの底に当てるのでなく卵白の中に少し入れてかき立てるようにね」

「おう」


 しかし、


「ぎゃあ!」


 ハンドミキサーをおもいっきりボウルに突っ込んだのでボウルや卵白が跳ねます。ボウルはティナがしっかり台へと固定しているので倒れることはありませんが振動がすごくこちらにまで伝わります。


「チノ、放して!」


 ティナに言われ、チノはハンドミキサーをボウルから出します。そしてオフにします。


「私が先に手本を見せます」

「出来るのか?」


 ティナは大きく溜め息を吐き、


「ええ、もちろん」


 ちょっと怒ってますね。


「ほら」


 チノはティナにハンドミキサーを渡します。


「表面、表面をゆっくりと……ほら、このようにすれば」


 見事に卵白は白くなります。

 そしてティナはチノにハンドミキサーを渡します。


「ミウ」

「え、何?」

「小麦粉全部入ってる」

「あ、ごめん」


 メレンゲ組を見てたら、つい自分の仕事を忘れていました。


「次は牛乳ね。ビーカーで量っていれるんだっけ?」

「うん」


 とネネカはビーカーに入った牛乳を入れます。

 どうやら私が向こうを見ている間に、量っていたのでしょう。


「あと卵ね」


 私は4つの黄身の入った小鉢をボウルに入れます。


「ヨーグルトも」


 ネネカはヨーグルトを入れます。


「かき回ぜるよ」


 私はおたまを使ってかき混ぜます。


「だまに気を付けて」

「うん」


 そして黄色のパンケーキの生地ができました。


「そっちは?」


 私はメレンゲ組の二人に聞きます。


「おう、見てみろよクリームだぜ」


 チノはボウルの中身を見せます。中はクリームが出来ていました。


「ねえ、私もハンドミキサー使ってもいい?」

「ほら」


 とチノが私にハンドミキサーを渡します。それにネネカが、


「でもあまり掻き回すとべったりと固くなる」

「え? じゃあ駄目なの?」

「ちょっとそれ貸して」


 私はチノにハンドミキサーを渡します。

 チノはオフのままハンドミキサーをボウルのメレンゲに突っこみます。そして少し回して上へとメレンゲを伸ばします。


「まだだね。もう少しやっても問題ない」


 と言って私にハンドミキサーを渡します。

 私はスイッチをオンにします。泡立て部分が高速で回ります。その際の振動が持ち手にも伝わります。


「おおお!」


 そしてハンドミキサーをメレンゲに突っこみます。

 少しと言っていたので数秒くらいかき回して止めます。


「どう? これくらいかな?」

「立ててみて」


 泡立て部分で掬うようにしてメレンゲを動かします。


「うん。それでいい。これをそっちのパンケーキの生地に混ぜて」

「分かった」


 私はパンケーキのたねにメレンゲを入れて、よく混ぜます。白いメレンゲが黄色い生地に溶け込みます。


「なあ、結局これって何なんだ? 上に乗っけるクリームじゃないのか?」

「混ぜるとふっくら焼き上がる」


 チノの疑問にネネカが答える。


「ふうん。パンケーキとホットケーキの違いってなんだ?」

「特にない」

「ええ!? そうなの!?」


 驚いたのはチノではありません。近くにいたクレア先生でした。


「パンケーキはふっくらしたケーキではないの?」


 クレア先生の問いにチノは首を振ります。


「それは違う。それにふっくらしてないパンケーキもある」

「……そ、そうだったんだ」

「ま、どっちでもよくない?」


 というチノの発言にクレア先生は「そうね」と答えた。

 でも、まだ顔が驚いているままである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る