第17話 魂還の儀①

 誰かが私を呼んでいる気がします。


 誰でしょうか?


 ……ああ、でも今はどうでもいい。いいのです。


 今はまどろみに意識を委ねましょう。


 ゆっくりと薄く、海へと落ちていくように。ゆらゆら~、ゆらゆら~。


「ミーウー!」


 ……うう、せっかく意識を落としていたのに、うるさい呼掛けのせいで意識が浮上します。


「ミーウー!」


 さっきより呼掛けが大きくて、私は完全に覚醒します。


「もー! 何よー!」


 私は抗議を上げつつ、目を開けます。


 母が近くにいました。

 目覚し時計を見ると朝の8時です。

 今日は何もなかったはずです。


「何? もう少し寝かせてよ」


 私は母に背を向け、掛け布団を頭まで被せます。


「駄目よ。今日はムウおばあさんに会いに行くのよ」


 母はおもいっきり掛け布団を引き剥がされます。さらに母はカーテンを全開に開かせます。太陽の光が私の部屋、そして私の顔に当たります。


 ま、眩しい!


「起きなさい」


 しぶしぶ私は起きます。


「ムウおばあさん?」

「そうよ」


 ムウおばあさんさんは老衰でもう命近いと言われている人で魂環の儀をするとか両親は言っていました。で、その前に子供達が挨拶に行くとかも。


「えーと、……挨拶ってまだ先でしょ?」

「それが早まったのよ」


 母が太陽の光を背にして言うので、表情が分かりません。


「行かないと駄目?」

「駄目。今日はセイラちゃんと伺うことになってるの」


 母はきっぱりと言って部屋を出ます。私は後を追って尋ねます。


「私とセイラだけ? 他は?」

「一斉に伺うとご迷惑でしょ。だからけて行くのよ」


 母は階段を下りながら言います。


「さ、顔を洗ってらっしゃい」


 私は洗面所で顔を洗い、ダイニングテーブルに着きます。テーブルには私の分の朝食が置かれています。


 食パンとスクランブルエッグ、コーンポタージュ。


「さ、チャッチャッと食べちゃいなさい」

「……いただきます」


  ◇ ◇ ◇


 朝食の後、身支度をしてリビングに。


「はい。これ」


 母はバスケットをテーブルの上に置きます。


「何? これ?」

「お土産よ。手ぶらじゃあ駄目でしょ」

「何が入ってるの?」

「色々よ。それと地図よ。まあ地図がなくても分かるとは思うけど一応ね」


 母は手描きの地図を私に渡します。


 そして私はバスケットを持ちます。バスケットは結構重たかったのです。これは魔石でも入ってるのではないのでしょうか。


「……お母さんが渡すものも入ってない?」

「少しね。さ、行きなさい。セイラちゃんが待ってるわよ」


 もしかしてていよく利用されてない?


  ◇ ◇ ◇


 森の待ち合わせ場所として使っている広場に金髪の女の子が待っていました。


「ごめんセイラ。遅れちゃった?」

「ううん。大丈夫。私もついさっき着いたところ」


 しかし、どこか元気がなさそうです。

 私と同じで無理矢理起こされて、お使いを言い渡されたのでしょうか。


「どうしたの? なんか元気ないけど」

「なんでもないよ。さ、行こ」


 と言ってセイラは歩き始めます。


  ◇ ◇ ◇


 ムウおばあさんのおうちはナスネの森にあるので一度、ユーリヤの森を出なくてはいけません。


 そのククルの森は道を1つ挟んで向こうにあるので遠くはありません。

 ただククルの森の入口は少し離れた所にあるので少し道を歩かないといけません。


「次の授業は魔法講義だけど、やっぱ遠足があるからかな?」

「……」


 返事がありません。


「セイラ?」


 私が顔を覗きこむように聞くと、


「あ! ご、ごめん。ごめんね。な、何だっけ?」

「やっぱり何かあったの? さっきからずっと上の空だし」

「ち、違うの。……その」


 セイラは指をもじもじさせます。


「ムウおばあさんのこと?」


 するとセイラは無言で頷きます。


「ミウはムウおばあさんに会ったことある?」

「家に伺ったのは……えっと一度くらいかな。2、3年前くらいに親に連れられて。それ以外だと青空教室と村の祭とかでかな? 会ったというか見たって感じかな」


 ムウおばあさんはかなりの高齢なのであまり外に出歩かないとききます。それゆえ見かけるのは行事くらいです。


「私、去年までお習字に通ってたの」

「お習字?」

「うん。ムウおばあさんところで」

「へぇーお習字か」


 私は習い事なんてしたことがないのでそういうのはよく分かりません。


「楽しかった?」


 私の問いにセイラは首を傾けて、少し考えた後、


「楽しくはなかったかな。遊ぶわけではないし」

「でもお習字の後で友達と遊ぶとか」


 そこでセイラは大きくかぶりを振る。


「私だけだったの」

「セイラだけ?」


 セイラはこくりと頷いた。

 一人だけというのも寂しいものだ。


「それに私、お習字に通うの嫌だったの」


 私は相槌を打たず、続きを待ちます。


「なんかさ。字が下手だって認めてるみたいだから」

「そう? 私はお習字に通ってるって聞くと字が綺麗なんだなあって感じるけど」

「2年前にさ。父から初めてきちんと字を学んだの覚えてる?」

「2年前?」

「字を教えてもらって自分達の名前を書いたの」

「あーあったような……確かなんかパーティーの話し合いで私と私の母がセイラの家に伺った時だっけ?」

「うん。その時、父から字を学んでさ。クレヨンで名前を書いて母に見せにいったの」

「あった。あった」


 情報が現れる度に鮮明に記憶が甦ってきます。

 初めて字を書いたので二人とも汚かったはずです。


「その時、私の母がなんて言ったか覚えてる?」

「ん~なんだっけ?」


 なんか言われたかな?


「『ミウちゃんは字が綺麗ね。それに比べてあんたは汚いわね。始めに大きく書いたから名前の下の方はスペースが足りなくて小さいじゃない』って」

「そうなの?」

「うん。その次の日にさ、ムウおばあさんのところへ連れていかれたの」


 なんか自分せいのような気がして返す言葉が見つかりません。


「だから嫌だったのお習字に行くのがさ。ムウおばあさんは優しい人だったわ。お菓子やジュースをくれて。でも一年経ってさ、とうとう我慢ができなくて母に辞めたいって言ったの」


 セイラはどこか自分を責めるような言い方をします。


「だからさ……なんか行きづらいの」

「……うん」


 こういうときはなんて返答すればいいのでしょうか。


 セイラは立ち止まり、少し物憂げな顔で空を見上げます。


「あの時間はさ。あんまり好きじゃなかったんだよね。いつも早く終わらないかなって考えてた。私、いけない子ね」

「……まあ、一人だったし。しょうがないのでは?」


 セイラは返答ぜす歩みを再開する。


  ◇ ◇ ◇


 入口からククルの森に入りました。


 ククルの森は私達の暮らすユーリヤの森と雰囲気は似ています。違うのは道と建物です。

 地図を見るとムウおばあさんのおうちは入口から広場、集会所を越え真っ直ぐ進んだ先にあるらしいです。


 前にも行っているのでその時の記憶があるので迷うことはないでしょう。それに去年までムウおばあさんのお家に通っていたセイラがいるので大丈夫でしょう。


 広場に着くと何人かの大人の人が立ち話をしていました。その人達は私達を見ると、「あら、こんにちは」と挨拶をするので私達も、「こんにちは」と返しました。


 広場を越えて次に集会所に着くと何人かの人が集会所に飾り付けをしていました。


「あれって魂環の儀かな?」


 と私はセイラに聞きます。


「ちょっと違うんじゃない。魂環の儀は神殿テンプルでやるらしいし。だから、あれは儀式が終わった後で食事会でもするんじゃない?」

「でも神殿でも食事する所があるよね」

「ああ、そっか。じゃあ何だろ?」


 集会所を越えて一本道を進みます。

 私の記憶ではここからが長かったはずです。


 長いこと歩いてやっとムウおばあさんのお家が見えてきました。

 近付くたび反比例してセイラの歩くスピードが遅くなります。


 そしてとうとう家の玄関前まで着ました。


「セイラ、ノックするけど良い」


 と聞くとセイラは項垂れるようなや頷きました。


「すみませーん。ミウ・フォークライです」

「セイラ・クロードです」


 中から「はーい」という返事と、こちらへ向かう足音が聞こえます。


 そしてドアが開き、大人の女性が現れました。ムウおばあさんではありません。年はクレア先生と同じくらいでしょうか。


 ムウおばあさんは余命いくばくと言われているのでこの女性は介護の人でしょうか。


「えっと母からの使いできました」


 私達はバスケットを前へ向けます。


「聞いているわ。さ、中へどうぞ」


 そして私とセイラは中へと入りました。

 ダイニングの前で、


「荷物預かるわ。ムウおばあさんは廊下を進んで突き当たりを右に曲がり進んだところよ。ドアにルームと書かれてあるから」


 女性は私達からバスケット2つを受けとってダイニングへと向かいました。


 ここからは二人で会いに行けということでしょう。

 私達は突き当たりを右に曲がり、ルームプレートがあるドアの前に着きます。


 私はセイラに目配せします。

 セイラは胸の前に両手を握り、頷きます。

 私は一息した後、ノックをします。


「ミウ・フォークライです」

「セイラ・クロードです」


 名乗った後、部屋から小さく、「入ってらっしゃい」と言われました。


 私はドアノブを握り、ゆっくりとドアを開けました。

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