チェンジリング②

「ただいま~。ん?」


 家に帰るとリビングにネネカがいました。

 そのネネカはソファーに座り、ジュースを飲んでいます。


「ネネカがどうしてここに?」

「親の使い」

 とネネカはプリントを指差します。


 そのプリントに今、母はサインをしています。


「荷物ここに置くね」


 と私はバスケットをダイニングテーブルに置きます。


「ありがとね~。……と、よし。これをお父さんに渡して」


 母はサインしたプリントをネネカに渡します。 そして私に、

「町はどうだった?」

「チェンジリングの話で持ちきりだった。それといつもは問題なかった換金が今日は注意を受けた」

「あらら。それは大変ね~」


 と言って母はため息を吐きました。


「ネネカこの後予定ある? セイラと薬草採りに行くのだけど一緒にどう?」

「これ渡したら今日の予定は何もない」

「じゃあ大丈夫だね」

「ん」


  ◇ ◇ ◇


 薬草はどこでも採っていいわけではありません。私達が暮らしている森は近隣の人から許可を得ない限り採ってはいけないこととなっております。


 けれど人が暮らしていないこのセリアの森は採って良いこととなっています。ただ、子供達はさらに採って良い場所などの限りがあるので採集範囲は少ないのです。


「それじゃあ私は向こうを」


 私は正面向こうを指します。


「私はこっち」


 セイラは右を。


「ん、じゃあこっち」


 ネネカは左を指します。


 私達は別れて薬草を採ります。

 別れてといってもそんなに離れるわけではありません。


 私は少し奥に進み、軍手をはめて薬草採りを始めます。


「よいしょ。よいしょ」


 薬草の中には毒草と似ているものがあるので注意しなくてはいけません。仮に後で気付いても毒草の成分が薬草に染みついてしまうので、その時は薬草を処分しなくてはいけなくなります。


 でも実際にはこの辺りは子供達でも採集しても良い範囲なので毒草は少ないのです。だからといって怠ってはいけません。もしものことがないわけではないので注意しなくてはいけません。

 ここらへんはセルドの葉が多いことで有名です。


 そんな中で、

「アステラ見っけ!」


 四角いセルドの葉が多い繁る中、分厚く細長く、くるりと巻いた葉がありました。


 しかし、アステラではなく毒草の可能性もあるので摘むのを止めておきます。今日はセルドの葉を摘むことにする。


 たくさんセルドの葉を摘まむと軍手が緑臭くなります。


「うぇ」


  ◇ ◇ ◇


 箱にたんまりと摘んだところで私は薬草採りを止めた。そして先程見つけたアステラの葉らしきものを摘んだ。私には本物であると確証はできないなネネカなら知っているだろうと考え、摘んだ。摘んだ葉は握ったまま私はネネカの下に向かいました。


「あれ? ネネカー!」


 しかし、ネネカがいるであろうポイントにはネネカの姿がありません。


「ネネカー!」


 もう一度声を上げます。しかし、返事はありません。


 もしかしてネネカももう摘み終えてセイラの下に向かったのでしょうか。


 私はセイラがいる方へ向かいます。

 するとネネカとセイラもいました。

 二人は屈んでいました。何か見つけたのでしょうか。知ろうにもここからでさ背がこちらに向いているので何があったのか分かりません。


「おーい! 終わった?」


 私の声に二人は振り返りました。


「ミウ、これこれ!」


 セイラが手招きします。

 私は二人に近付き、腰を屈んで地面を窺います。そこにあったのはキノコでした。


「キノコ? それが何?」

「キノコでもマツタケだって。ねえ、ネネ」

「ん。マツタケ。間違いない」


 ネネカが肯定します。


「ホントに? マツタケって人間界のでしょ? 妖精界にはないよ」

「それは違う。最近では妖精界でも作れるようになった」

「作る? どうやって? 人間界でも養殖が出来ないのよ」


 基本人間界の植物は自生しませんし、逆に妖精界の植物は人間界には自生しません。


「詳しくは分からないけど魔法によって品種改良」

「品種改良って。それもうマツタケではないのでは……」

「でも形、味はマツタケ」

「どうするの?」

「採る」


 と言ってネネカはマツタケを採取します。土を払ってからバスケットにいれました。


「そうだ。私もアステラの葉を採ったんだど、……これアステカの葉であってるよね?」


 私は右手に摘まんでいるアステラの葉をネネカに見せました。


「あってる。アステラの葉」


 ネネカはアステラの葉をじっくり見て言いました。


 アステラの葉であってるというこで私は紙に包み、バスケットにいれました。


  ◇ ◇ ◇


 帰り道、森を抜け、平原の道を歩いていると道の向こうの崩れた塀の上にチノが座っていました。


 チノはこちらに気付かずユーリヤの森の方を見ていました。


 別に邪魔をしようとしたわけではないのですがつい足音が大きく鳴ってしまいました。


 その音でチノは私達に振り向きました。

 私達だと気付き、驚いた表情の後、拗ねたような表情をしました。左頬が赤くなっていました。叱られたのか、それとも喧嘩でもしたのでしょうか。


「なんだ。お前らか」

「何してるの?」

「……別に」

「……そう」


 会話が続きません。

 私はあきらめ、歩を進めようとしました。その時です。


「お前達は何してたんだ?」

「薬草集め」

「……まじめだな」


 返しに覇気がありません。そしてまたチノはユーリヤの森へと顔を向けました。


「なあ、は元気か?」


 あいつとはきっと彼女のことでしょう。


「ええ。詳しくは知らないけど親からは落ち着いたって聞いている。ね、ネネカ」

「うん。もう元気らしい」

「そっか」


 と言ってチノは塀から地面へと降りてユーリヤの森へと歩き始めようとします。

 それをネネカが止めます。


「待って」


 チノが止まり、

「なんだよ?」

 と唇を尖らせて聞きます。


 ネネカは私に、

「アステカの葉」

 と言います。


 私はバスケットからアステカの葉を取り出し、ネネカに渡します。


 ネネカが何をしようとしているのか分かります。チノも分かっているのでしょう。


「いらねえよ」

 と跳ねのけるように言いました。


 でもネネカは分厚いアステカの葉の表面を捲ります。

 ぷよぷよの葉肉の部分をチノの赤くなった頬に当てます。


「痛い!」

「我慢」


 そしてチノは葉肉の部分をぐいぐい頬の患部に押し付けたり、そのまま撫で回したりします。

 優しくされたからか、チノの目から涙が一つ流れます。


「こっ、これは痛いからだ!」


 弁明のように私に向けて言います。


「別に聞いてないし」

「ふん!」


 そしてチノはネネカの手からからアステカの葉を奪い、それを頬に当てながらユーリヤの森へと帰ります。


 私達はその背が小さくなってから歩き始めました。


「チノ大丈夫かしら?」


 セイラが誰ともなしに聞きました。その大丈夫はでしょうか。


 でもなんとなくですがのような気がして、


「そりゃあ、彼女の件でショックはあったんじゃない」


 なぜか他人事のように言ってしまった。私はその言葉を塗り潰したくて、


「さ、早く帰ろ」


 空はオレンジ色の夕暮れから深く濃い群青色へと変わろうとしていた。

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