第7話 お見舞い

「ミウ、起きなさい! ミウ!」

「うっ、んんん」


 快眠中に母から肩を揺さぶられて無理矢理起こされます。

 目覚まし時計を見るとまだ朝の8時でした。


「……8時だよ」


 別段今日は何か予定があるわけでもありません。


「早く起きなさい。朝御飯できてるわよ」

「今日~何もないよ~」


 二度寝しようと母に背を向け、掛け布団にくるまろうとするのですが、

「早く!」


 母に無理矢理掛け布団を剥がされました。


「うぅ、何よもう!」


 ここまでされるということは何かあるのでしょうか。

 仕方なく起き上がり、自室を出て1階のリビングに向かいます。


 途中、父に会います。

 父はいまから出勤で家を出るところでした。


「おはようミウ。行ってくるよ」

「ん、行ってらっしゃい」


 リビングに入るとテーブルには朝食が並んでいます。


「いただきます」


 私は焼きたてのロールパンを一口食べます。

 母も席に着き、ロールパンを食べます。


「あんた、カエデちゃんのお見舞いに行きなさい」

「なんで? というかお見舞い? 大丈夫でしょ」


 昨日、バスケのせいで体調を崩したカエデは母に診てもらった。体調を戻したカエデはもう大丈夫と言っていた。


「大丈夫でない可能性も高いでしょ。だから荷物を届けるついでに見舞いに行きなさい」


 それ私にていよく荷届け押し付けてるだけではないでしょうか?


「ええ!? お見舞いならお母さんが行きなよ。ついでに診たらいいんだし」

「私は医者じゃないの。それにお見舞いは友達のあんたが行かないと」

「でも私、カエデのおうち知らないよ昨日はカエデがいたからだし」


 嘘です。帰りは一人でしたし、道も一本道。そんなに遠くもなかったので、今なら一人でもカエデのお家に行けるでしょう。


「大丈夫。地図作っておいたから。それにここからそんなに遠くはないから」

「ぶー!」


  ◇ ◇ ◇


 一応地図を見ながら進むとすぐにカエデのお家に着きました。いえ、家ではなく豪邸と言った方がいいでしょう。白くて大きい豪邸です。

 昨日は夜だったこと、そして少し遠くからであったから豪邸とは分からなかったのです。


 材質は木材ではなくコンクリというやつでしょうか。フォレスト派ではかなり珍しいお家です。


 さらによく窺ってみるとカエデのお家は古民家や旧邸を改築したものではなく、新しく建てたものでした。


 しかし、いつ建築したのでしょうか。不思議です。

 ここいらの木々を伐採する話は聞いていませんでした。


 木々を伐採して家を建て、周りを芝にして庭も作るとなると大変な作業です。

 森に住む私達に知らせもなく、これだけのものを作るのは難しいはず。というかおいそれと勝手は出来ないはず。

 それとも子供達には知らされなかったのでしょうか。


 ドアをノックするとすぐに返事がありドアが開かれました。たまたまドアの近くにいたのでしょうか。

 現れたのは赤い髪の若いメイドさんでした。


「何用でしょうか?」


 黒を基調としたワンピースドレスに白のエプロン。頭には白のひらひらのカチューシャが。あまり見かけない姿に、つい見惚れてしまいました。


「あ、あのカエデさんのお家はこちらで?」

「はい。カエデお嬢様のご友人ですか?」


 お嬢様!


「は、はい。私、ミウ・フォークライです。母からこれを渡すようにと」


 私はメイドさんに紙袋を渡します。


「ミウ様ですね。聞いております。どうぞお入り下さい」

「はい。お邪魔します」


 私はメイドさんの後に続いて階段を上がり、廊下を進みます。そしてとある部屋の前に着きました。

 たぶんここがカエデの部屋なのでしょう。


 メイドさんがノックをし、

「お嬢様よろしいでしょうか?」


「……ええ、どうぞ」

 と部屋から返答がありました。


 メイドさんは私に、

「少々お待ち下さいませ」

 と言って部屋へと入りました。


 しばらくして、メイドさんが部屋から出てきました。


「どうぞお入り下さいませ」


 私はメイドさんに会釈して部屋に入りました。

 部屋は開く、右壁側にタンス、化粧台、反対側には棚、部屋中央には丸テーブル、左奥に机と可愛らしい白い椅子、右奥に白い天蓋付きベッドがあります。

 まさにお嬢様の部屋です。


「ミウ、こっち」


 ベッドにカエデが上半身を起き上がらせていて私を呼びます。


「カエデ、大丈夫?」

「大丈夫よ。そこの椅子を使って」


 カエデは化粧台の椅子を指差して、私に座るように言います。

 私は化粧台の椅子をベッドに寄せて座ります。


「やっぱ調子悪い?」

「別に問題はないのですけど、うちの母とヴィレッタが。……ああ、ヴィレッタはさっきのメイドですわ」

「カエデ、お嬢様口調になってるよ」

「あ! ごめん。……つい」

 とカエデは茶目っ気に舌を出し、肩をすくめる。


「やっぱカエデもお嬢様なんだね」

「少しだけだよ」

「少しってこんな豪邸に住んでメイドまでいるんだよ。立派なお嬢様だよ」


 これでお嬢様でないというならお嬢様は何なのだろうか。


「できれば普通に接してほしいの」

「うん。で、体は平気なんだよね?」

「平気へっちゃらよ。なんなら少し散歩でも……」

「駄目です」


 鋭い声がカエデの言葉を遮ります。

 声の主はメイドのヴィレッタさんでした。手にはカップとポッド、そしてクッキー皿を載せたトレイが。


 それをテーブルの上に載せ、そのテーブルをベッドのそばへと動かします。

 ヴィレッタさんはカップに紅茶を注ぎます。高級な茶葉なのかカップに注ぐと香りが広がります。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ヴィレッタさんはカエデにカップとソーサーを渡して、


「お嬢様はお体が弱いので散歩はなさってはいけません。今日は安静して下さいませ」

 と釘をさして部屋を出ていきました。


「体弱いの?」


 ヴィレッタさんが部屋を出て、私は聞いた。


「う~ん。弱いというか疲れやすくて残りやすいのよね」

「……疲れやすくて残りやすい」


 私は反芻した。


「そう。最初は体力はあり余っているから問題ないと思ってたら一気にバテちゃうのよね。こう急に萎むかんじ」


 カエデは挙げた手を下へと急降下させる。


「昔はこんなんではなかったの。疲れたとかしんどいと感じたら休めば良かったし。でも今は急に来るのよね。しかも疲れが取れない感じで」

「森に引っ越したのってそれが原因?」


 ちょっと踏み込んだことを聞いてみる。


「うん。そうらしいの。よく分かんないけど」


 カエデは肩をすくめて笑う。


  ◇ ◇ ◇


 夜、夕食後に私は、

「カエデの病って何なの?」

 と聞いた。


「守秘義務というのがあるのだけど……まあ、知っておいた方がいいわよね。B型マナ余剰放出症候群よ」

「……へ?」


 病名を言われてもさっぱり分かりません。


「えっと、マナって体に流れているあれだよね。魔力生成するときにも使う」


「そう、そのマナよ。マナ余剰放出症候群はマナを魔力生成するさいに余分にマナ使用してしまうことよ」


 この世界の生物全てはマナを持っています。そして私達妖精はそのマナを魔力にして魔法を使います。


 そのマナが少なくなると体調を悪くします。

 けれどカエデの体調不良は少し違う気がします。私もマナ不足で体調を悪くしたことがありますがカエデのように倒れることはありませんでした。


「でもカエデは魔法を使ってないよ」


 そう魔法を使わなければマナの消費はないはず。


「魔力生成によって余分にマナを使用するのはA型。でもカエデちゃんのB型で体を動かしただけでマナを消費しちゃうのよ」

「体を動かしただけで?」

「カエデちゃんが大きく体を動かしたときに人並み外れた運動能力を発揮しなかった?」

「そういえばバスケの時、並外れたプレーをしていた」

「それはマナによって運動能力が向上していたからなのよ」

「マナが体に作用しているってこと?」


 母は頷いた。


「それがB型」


 魔力生成ではなく、運動能力に作用するのがB型。


「ここに引っ越してきたのって病気でって言ってたけど。それは?」

「森はマナが多いからね。消費した分をすぐに回復できるでしょ」


 マナの回復は大気や水、光、そして食事からと言われています。

 特に森のような自然にはマナが多いことで知られています。


「治るの?」


 そう聞くと母は難しい顔をしました。


「A型は魔力生成のコントロールさえ上手になれば良いのだけど、B型は……」


 母は言い淀んでしまう。すぐに私が不安になっているのに気づき、すぐに言葉を継ぎ足します。


「と、とにかく派手に動き回らないことね。ミウもちゃんとカエデちゃんを見張るようにね」

「……うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る