第34話 また会う日まで

 ユーリヤの森へ帰ってきた私達はまずお医者さんの下へ向かわされました。


 そしてお医者さんに診察を受けて、多少の打身うちみ程度と診断されました。


「チノ!」


 診断後。勢いよくドアを開け放たれました。ドアを開けたのはチノのお母さんでした。その後ろにはチノのお父さんがいます。


 おばさんはチノを見てホッとしたのも束の間、すぐに目尻を上げて、強くチノを引っ叩きました。


 チノは一瞬何があったか分からないと感じていましたが、頬の痛みで引っ叩かれたのにすぐに気付きました。


「ごめんなさい」


 チノはか細い声で謝りました。

 おばさんはもう一発引っ叩こうと手を振り上げました。


 反射的にチノは目を瞑りました。

 しかし、その手が振り下がることはありません。


 チノはおそるおそる目を開けます。そして目の前の母が泣いていることに気付きました。


 おばさんはふんわりと手を下ろし、そしてチノを抱きしめました。


「馬鹿。どうしていなくなるの! 心配したでしょうに」


 ぎゅっと強くおばさんはチノを抱きしめます。

 チノの顔は驚きから泣き顔へと変わり、ぽろぽろと涙を落とします。


「うっ、うう、ごべんなざい。ごべんなざい。ううっ……」


 チノは泣きながら何度も謝ります。


「私も、私もごめんね。あなたにこんな思いをさせて。それとリンも」


 おばさんはリンへと右腕を伸ばします。そしておじさんがリンの背中を優しく押します。リンが近付くとおばさんはリンの肩を掴まえて抱き寄せます。


  ◇ ◇ ◇


 翌日、集会所にはユーリヤの森と近隣の森を含む住民。そして村長、町長が集まっていた。

 それだけの人がチノの捜索に動員されていたのです。


「この度はウチの娘が皆様方に大変ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございませんでした」


 とチノの父親が謝罪の言葉を述べて頭を下げました。それに続いておばさん、チノ、リンも頭を下げました。


「まあ、無事だったので良しとしましょう。ね? 皆さん?」


 ユーリヤの森の長老が集まった人達を伺って言います。


「そうですな」


 ティナのお父さんこと村長も頷きます。


「あ、あの」


 そこで子供達が前に出てきました。


「俺達も」

「私も」


『ごめんなさい』


 と子供達はチノに向けて頭を下げて謝りました。


 私は謝る必要はないはずなのですが前にいたせいか後ろの母から後頭部を押されました。とりあへず一緒に頭を下げさせられます。


「なんか……避けてごめん」

「私もよそよそしくしてごめん」

「悪かった」

「酷いこと言ってごめん」


 それらの謝罪に対してチノは、


「もういいよ」


 と彼らを許します。


もむしゃくしゃしてたし。人間だけどこれからもよろしくね」


 チノははにかんで言いました。


 あれ?

 私はふと、チノのそのはにかんだ顔がどこかリンに似ているなと感じました。


『うん。よろしく』


 こうして謝罪と仲直りが終わって、町長達から魔物の凶暴化についての話になりました。

 町長曰く、魔物出現の原因はまだ不明で大人達による周辺調査及び駆逐が開始されることになりました。その間。子供は外出は禁止とのことになりました。


  ◇ ◇ ◇


 1週間後、魔物の調査、駆逐が終わり、子供達に外出が許可が出ました。

 そして嬉しいことに青空教室も再開しました。


「なのに! もー!」


 私は急いで村へと走っていました。


 実はいきなり母に叩き起こされ、今日から青空教室の再開と聞かされたのです。


 母もすっかり忘れていたらしく、私は急いで支度を済ませて家を出ました。


「このままだと遅刻じゃないの!」


 私が息を切らせて青空教室に着くとまだクレア先生はいません。間に合ったということでしょうか。

 しかし、棚の上にある時計を見ると授業開始時刻は過ぎています。


 私はセイラの隣に座ります。


「おはよう」

「おはよう、ミウ。寝坊したの?」

「青空教室のこと今朝知らされたのよ」

「先生は?」

「まだみたいね。もう授業の時間なのに」

「こういう時は重要な知らせがある」


 ネネカが眠たげな顔で言います。


 ふとチノがいないことに気付きました。


「チノは?」

「それがまだ着てないのよ」


 それからしてクレア先生とチノがやってきました。

 クレア先生は黒板の前に立ち、チノは席座らずその隣に立ちます。


 いつもと違うので子供達はざわめきます。

 やはり何かあるのでしょうか。

 胸がざわつきます。


「えー、皆さん、青空教室、久々の再会です。遠足以来ですね。それで今回は授業の前に皆さんに大切なお知らせがあります」


 とクレア先生が言うと、


「なんだろう?」

「何?」


 また皆がざわめきます。


「実はチノちゃんが人間界に行くことになりました」

『えー!』


 クレア先生から告げられたことに私達は驚きの声を上げました。


「どういこうと?」

「妖精は人間界に行けないのでは?」

「やっぱ人間だから?」

「駄目だよ。行かないでよ」

「嘘でしょ?」

「帰るのはリンでしょ?」


 皆は疑問や訴えを投げ掛けます。


「落ち着いて! 皆、落ち着いて!」


 クレア先生が両手の平を下に振って、皆を落ち着かせようとします。


「人間界に行くといっても一定期間であって、帰ってこないわけではありませんから」

「なーんだ」

「びっくりしたー」


 皆は安堵の息を吐きます。その後、クレア先生に質問を投げます。


「それって親に会いに行くってことですか?」

「そうです。チノちゃんは人間界の血の繋がったご両親に会いにいくのです」

「それって、いつからなんですか?」

「三日後の早朝からですよ」

「いつ帰ってくるんですか?」

「予定では一ヶ月弱くらいです」

「長くないですか?」

「人間界へは簡単には行けませんので。途中でキャンプをして進むんですよ。あの、みなさーん、先生がちゃんと説明するので質問は後でお願いね」


  ◇ ◇ ◇


 授業の後、チノの周りに皆が集まりました。

 会話のほとんどがおみやげの注文とかでしたけど。

 それでも皆で楽しくあれこれと人間界についての話をしました。


  ◇ ◇ ◇


 そして三日後の早朝、森の待合場所で人間界へ向かうブラッドベリ一家とその護衛隊の送迎にユーリヤの森の住人から村や町の住民が集まっていました。


「元気でね」

「もっと遊びたかった」


 リンの周り子供達が集まり、めいめい別れの言葉を言います。

 そして私の番になりました。


 しかし、直前になって何を言えばいいのか迷いました。

 そこで私は、


「助けてくれてありがとうね」


 と言いました。


「ううん。それは私のセリフだよ。ミウには本当に世話になった」


 リンはしみじみと言葉を吐き出します。


「そんなことないよ。猪の魔獣、リンがいなければやられてたよ」

「違う。ミウがいたから倒せたんだよ。私一人では無理だった。それにチノの件もミウがいなければ仲直りもできなかったよ」


 そしてリンは私に抱きついてきました。


「ありがとう、ミウ」


 どうしてそんなことを。

 そんなことされたら涙が出ちゃいます。

 体を離してリンの顔を見るとリンは涙を流していました。


「リン、泣いてるよ」

「ミウこそ」


 プッ。


『アハハハハッ』


 私達は同時に笑いました。


「さよなら。またこっちに来たらいっぱい遊ぼ」

「うん。それまで、さよなら」


 リンは人間です。

 簡単においそれとここへは来れません。

 でも、リンは妖精の子です。

 いつかきっと、また会えるかもしれません。

 それまでさよならです。


「メインは私なんだけどな」


 振り向くとチノが口元を綻ばせていました。


「そうだったわね。しっかりねチノ」

「それだけかよ」

「お土産よろしくね」

「はいはい。分かってるよ。びっくりするもの持ち帰るから」


 本当は人間界から持って帰れる物には限度があるのですが、今は誰も野暮なことは言いません。


「元気にな」

「そっちこそ」


 私達はどちらともなくハグしました。


  ◇ ◇ ◇


「では行って参ります」


 チノのお父さんが集まった私達に向け、言葉を掛けます。


『行ってらっしゃい』


 私達は元気に送り出しました。


「行ってくるよ」


 チノとリンが元気よく手を振ります。

 それに私達も手を振り返します。

 ブラッドベリ一家いっかと護衛隊は森を出ます。

 森の入り口は明るく、彼等を優しく包み込みます。

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