第33話 魔人

 まさか短期間に二度も山の頂上から落下するとは。


「いたた」


 少し体を打ったのでしょうか。背中とおしりが痛いです。

 私は起き上がり、体を確かめました。多少汚れがあるだけで目についた傷はありません。コートに付与された加護のおかげでしょう。

 しかし、大分汚れました。まあ、山の頂上から落ちて、傷もなくこの程度で済んだのだからよしとしましょう。


「リン? チノ? 居たら返事してー?」


 周りを窺いつつ、二人を呼びかけます。


 そうだ。ここは探知魔法です。

 私は探知魔法を使い、二人を探します。

 そして反応が一つありました。


 私はそちらに向かいます。


 そこには服がところどころ泥だらけのチノがいました。


「チノ、無事だったのね。リンは?」


 私は駆け寄って尋ねます。


「さあ? 近くにはいなかったけど……。さっき胸にトンっときたのはお前が何かしたのか?」

「うん。探知魔法よ」

「そんなこともできるのかよ。で? リンは? その探知魔法で見つからなかったのか?」


 私は首を横に振ります。


「あいつ、どこ行ったんだよ」


 チノは頭を掻きます。


「あれ? 槍は?」


 私はチノが槍を持っていないことに気付きます。


「どっかに落としてしまったらしい」


 チノはしょんぼりして言います。


  ◇ ◇ ◇


「リーン! どこー?」

「おーい、いたら返事しろー」


 私達はあれから周囲を散策してリンを探していますが全く見つかりません。


「もしかして魔人に攫われたとか?」


 チノが恐ろしいことを言います。


「なんでよ」

「ほら人間だから。珍しくて」

「ん〜」


 確かに無くは無いかもしれません。

 フィクションでは魔人と人間の勇者の対立はよく書かれているものですし。

 しかし、実際の魔人は知能はありません。攫うという考えも無いかと思われます。


「いやいや、嘘だろ!? 嘘だよな?」


 私が考え込むとチノは焦り始めます。


「分からないわよ。私だってそんなに詳しくはないんだし。でも攫う理由が人間ってだけでは……」

「てか何で魔人にがいるんだよ。ああいうのって魔境にいるんだろ」


 魔境。そこは妖精界と魔界との間にあるエリア。

 ここからは遥か向こうにあるので魔境の者が来るのは非常に珍しいことです。


「私に聞かれても分からないわよ」

「なあ、さっきの探知魔法ってやつをもう一回やってみたら?」

「そう何度も出来るものじゃないの。それにさっきのところからそんなに離れてないでしょ。無駄打ちになっちゃうわ」

「たっく、どうしてこうなるんだよ」

「あんたが勝手に出て行ったからでしょ。森中もりじゅう大騒ぎだよ。帰ったらげんこつの一発は覚悟しておきなさい」


 と私が言うとチノが立ち止まります。

 チノは唇を尖らせ、俯きます。


「私、聞いたよ」

「……何をだよ」

「一人称のこと」

「……」

「私が今さらこんなことを言うのも何だけど、別に何だって良いんじゃないかな? 『私』でも良いと思うよ。もしあれだったら『俺』でもさ」

「人間でもか?」


 チノが視線を向けます。私はまっすぐ見つめ返して言います。


「うん。私は人間だろうが妖精だろうがチノはチノだよ」


 はっきり言うとチノの方が目を逸らします。


「お前に言われても」


 ──ムッ!


「私だけじゃない。皆、そうだよ」

「嘘……だ」


 まるで自分に言い聞かせるみたいチノは否定します。


「本当だよ!」


 私は歩み寄り、チノの両手を握ります。


「帰ろ!」


 チノは驚き肩が強ばります。そして私から顔を背けるように下を見ます。


「だ、駄目だ。人間界に行って本当の親に会うんだ」

「うん。会おう」


 その言葉にチノは顔を上げます。


「でも今ではない。このまま会えなくなるなんて嫌よ」


 チノは何か言おうとして口を閉じます。


「さ、リンを……」


 探そうと言おうとしたところで胸に何かが当たり、そしてそれは戻ります。

 この感覚は探知魔法。


「お前がやったのか?」

「違うわ。たぶん誰かよ。きっとチノを探してよ。方角はあっちね」


 歩こうとするとチノが、


「リンは?」

「まずは大人の人に会おう。そしてリンのことを話して一緒に探すの」

「ん。分かった」


 私達は探知魔法が向けられた方角に進みます。

 でも突然、轟音と共に空から魔人が降り立ってきたのです。


 ──ダダン!


 私達は驚いて立ち止まります


 さっきは遠くからでしたが今は近くに相対あいたいして魔人の姿がはっきりとしています。


 魔人は全身真っ黒でまるで立体的な影のようです。背の高さは成人男性より一回り大きく、そして腕が膝につきそうなくらい長いのです。爪は牙のように太く黄色い。目は真っ赤で瞳が金色。も知らぬ凄みがあります。背中にはコウモリのような羽が。


「ど、どうして?」


 魔人はゆっくりと近付いてきます。

 逃げなくてはと思いつつも、私達は金縛りにあったように動けません。


「うっ、うう……」


 チノが魔人を歯を食いしばいつつ睨み、くぐもった声を出します。

 そして、口を大きく開けて、


「あああぁぁぁ!」


 手を前に出します。雷撃の魔法を放とうしているのでしょう。

 しかし、


「シャアアアアアアア!」


 魔人の雄叫びに竦み、尻餅を付きます。


「あ、あ、いや」


 怖くてチノは目に涙を貯め、口を震わせています。


 私が何とか動かなくてはと思いつつも、足が震えて動けません。


 もう無理です。

 助かりません。


 魔人が一歩一歩確実に私達へと近付いてきます。


 そして魔人が腕を伸ばせば届くというところまで私に近付いてきました。


 魔人は私を見下ろして腕を天に伸ばします。


 ──もうダメだ!


 私は目をぎゅっと瞑りました。


 そして轟音が耳に入ります。

 でも体には異変はありません。

 おずおずと目を開けると私の前に女性の背が。


「だ、誰?」

「私よ。スピカ。二人は下がってて」


 目の前の女性はスピカお姉さんでした。


「もう大丈夫だからね」


 スピカお姉さんは前を向いたまま言います。

 その視線の先には魔人が倒れています。

 先程の轟音は魔人を吹き飛ばした時の音なのでしょう。


 魔人は痛みを堪えつつ起き上がります。そして私達に向かって吠えました。


「アアアアアアッ!」


 それは怒りでしょうか。


 魔人は一直線に地面すれすれの低空飛行でスピカお姉さんに飛びかかってきます。


 それをスピカお姉さんは素早く前に出て掌底を魔人の顎に当て、そして左回し蹴りで魔人の胸にダメージを当てます。さらに魔人がよろめいたところに高速で拳の連打を当てます。


 魔人は腕を振り、反撃しますがスピカお姉さんは巧みなステップで腕をかわし、その腕をスピードを殺さずに引っ張って相手を地面に転がします。


「すげえ」


 チノが感嘆の声を出しまた。


 魔人は腕を振ります。するとそこから黒い刃が放たれます。


 スピカお姉さんは横へ飛び、回避します。

 完全に回避できなかったのか、腕に切り傷が走ります。


「た、大変!」


 私が悲鳴を上げると、


「大丈夫ですよ」


 と声をかけられて振り向くとヴィレッタさんがいました。側にはリンが。


「ヴィレッタさん! それにリン、無事だったのね」

「うん。独りのところをスピカお姉さん達に保護されたの」

「さあ、三人ともスピカさんの邪魔になるので下がりましょう」


 ヴィレッタさんが私とチノを後ろへと誘導します。


「でもスピカお姉さんが……」

「私は大丈夫。ヴィレッタさん、子供達をお願いね」

「分かりました。お気をつけて」


 私達はヴィレッタさんに引き連れられ、その場を離れます。


  ◇ ◇ ◇


「私達はもう大丈夫だから。ヴィレッタさんはスピカお姉さんのところに行ってください」


 安全なところまで移動して私はヴィレッタさんに言いました。


「いえ、話しによるとあなた達はキメラに遭遇したのでしょう?」

「はい」

「でしたら、なおのことあなた達だけにするわけにはいけません」

「でも一人で……」


 そこで大きな爆発音が鳴りました。


『きゃあ!』


 私達子供は反射的に身を竦めました。


「今のって?」

「たぶんスピカさんが魔法を使ったのではないかと思います」

「魔人だったら?」


 ヴィレッタさんは首を振り、


「彼女の強さは織り込み済みです」


 爆発音はあれっきりありません。

 そして数分後、スピカお姉さんが現れました。

 私達は駆け寄り、


「魔人はやっつけたの?」

「ええ。消滅させたわ」


 スピカお姉さんはにっこり笑い、親指を立てました。

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