第31話 異変

 夜、お風呂に入ろうとする時に、鳥型の使い魔がやってきたのです。

 使い魔は魔法でできた存在です。主に連絡用として使われています。


 その鳥型の使い魔がくちばしで私の家の窓をノックしています。

 母が窓を開けると鳥型の使い魔はリビングのテーブルへと降り立ちます。

 脚には細められた紙がくくりつけられていました。


「こんな時間に使い魔なんて。あら、この使い魔長老のだわ」


 母は使い魔の脚から紙を取ると使い魔は煙のように消えました。


「返事のいらない簡易式のようね。急なことなのかしら」


 母は紙を広げて読みます。


「え!?」


 その驚きの声に私は尋ねます。


「どうしたの?」

「大変よ。チノちゃんがいなくなったらしいの」

「えええ!?」


 紙にはお風呂の際、呼びかけるも返事がなく、おかしいと思い部屋に入るとチノの姿がなかったとのことです。

 そこでユーリヤの守りに住む大人達は緊急に集会所に集まることになったそうです。


「も、もしかして!」

「ミウ、何か知ってるの?」


  ◇ ◇ ◇


「……ということがあったの」


 私は滝でのことを両親に話しました。


「なるほどね。そんなことがあったの」


 全てを聞き終えた母は額に手を置き目を瞑ります。


「やっぱり精神的負担になってたんだろう」


 と父が言います。


「無理もないわ。いきなり親が親でないなんて分かったら」


 そう言っては母は溜息を吐きます。


「さ、支度をしましょ」


 母は椅子から立ち上がってエプロンを外します。


  ◇ ◇ ◇


「それじゃあ、お留守番お願いね」

「うん」


 そこでユーリヤの森に住む大人達は緊急に集会所に集うことになったのです。


「一応、鍵を掛けておきなさい」

「遅くなりそう?」

「分からないわ」

「チノ大丈夫かな?」


 母は私の頭にポンと手を置きます。


「大丈夫よ。きっと」

「……うん」


 父と母が出て行って一人ぽつんと家に取り残されました。


 とりあへずお風呂に入ろう。

 けれどお風呂は少し冷めていました。


 母に温めてもらえばよかったです。


  ◇ ◇ ◇


 お風呂の後、髪を乾かして両親を待ってたのですが帰ってきません。


 窓から外を見ると明るいのはお星様だけで森は真っ暗です。

 私は手を合わせてお星様にお祈りします。


「どうかチノが無事でありますように」


  ◇ ◇ ◇


 闇の中にチノがいました。

 チノは後ろ姿をこちらに向けています。


「チノ!」


 私は声を出して呼び掛けます。

 でもチノは振り向いてくれません。


「チノ! ねえ! チノ!」


 もっと大きい声で呼び掛けます。

 けれど全然振り向いてくれません。


 私は近付こうと歩み寄ります。

 でも距離は不思議と縮こまりません。


「こっち向いて。チノ!」


 呼び掛けつつ、私は走ります。

 チノは走ってもいないのに距離が開きます。


 私は背を掴もうと腕を伸ばします。

 でも全然足りません。


「チノ!」


  ◇ ◇ ◇


 目を覚ますとベッドの上にいました。

 さっきのは夢だったようです。


 あれ? でもどうしてベッドに?

 ソファーにいたような。

 いつの間に2階の自室に?


 目覚まし時計を見ると短針は朝の7時を指しています。

 1階に下りるとキッチンには母の姿はありませんでした。


 洗面所で顔を洗っていると階段を下りる音が聞こえました。

 キッチンに戻ると母がいました。


「寝坊したの?」

「遅くまで捜索してたのよ」


 母は大きく息を吐きました。


「チノは?」


 その問いに母は返答として首を振ります。


「ミウ、閉じまりしてなかったでしょ。家に帰ったら明かりはまだ点いているし、窓際で寝てるし」


 ということはベッドまで運んでくれたのは母だったのですか。


「そんに寂しかったの?」


 む! どうやら私が母恋しさに待っていたことになっています。


「違う。お星様にお祈りしてたの」

「チノちゃんのこと」

「うん。で、お父さんは? まだ寝ているの?」

「ううん。まだ帰ってないわね。お母さんは先に帰ることにしたの」


 と噂をすると父が帰ってきました。


「チノは?」


 私は父に尋ねます。


「まだ見つかってない」


 父は沈痛な顔で言います。


「どこまで探してたの?」


 母が父に尋ねます。


「森一帯を探したけど」

「やはりすぐに第3ラインまで行くべきよ」

「? どうして第3ライン?」


 私は疑問に思い尋ねました。


「あ! ……捜索範囲を広げるって話よ。ね?」


 母はどこか慌てるように答え、父に同意を求めました。


「ああ」

「さ、朝食にしましょ。あなた、今日、仕事は?」

「今日は休むよ。疲れたからベッドで少し休むよ」


 と言った後、父は欠伸をしました。


「寝る前に湯浴びしたら」


 父は自身の右肩を匂い、


「匂うか?」

「そういう問題じゃなくて、一晩森の中を歩いてたんでしょ」

「お風呂は?」

「今から沸かせと?」

「分かったよ」


 父はお風呂場に向かいました。


  ◇ ◇ ◇


 昼前に母から、


「昼ご飯は作っておいたから時間がきたら食べなさい。お母さんは集会所に行くから」

「私も……」

「駄目」


 ぴしゃりと言われました。


「でも……」


 母は私の両方に手を置いて、


「チノちゃんは大人がちゃんと探すから安心しなさい」

「うん」


  ◇ ◇ ◇


 母は大人に任せてじっとしてなさいと言うものの、気になって仕方がありません。

 何か他のことで気を紛らわせようとしても駄目です。すぐにチノのことが気になってしまいます。


「ん〜、どうしろっていうのよ〜」


 ベッドの上でうつ伏せになり、足をじたばた。


「やっぱり、少しは……」


 森を散策するくらいなら問題はないはず。

 私はコートを着て、外に出かけました。


  ◇ ◇ ◇


 でもどこを探せばいいのか。

 そういえば母は第3ラインがどうとかと。

 しかし、ここからトラバス山だと遠いし、そこまで向かうと母に怒られます。

 私は私が行ける範囲で捜索しよう。


  ◇ ◇ ◇


 私が行ける範囲ということで今、私はオルヴァの森に着ています。オルヴァの森はトーリの丘の越えた所にある森です。


 そのオルヴァの森はかつては妖精が住んでいたということもあり、道はまだ残っています。


「チーノー! いたら返事してー!」


 私は呼び掛けながら道を歩きます。


 おや?


 丁字路で私は真新しい足跡を見つけました。

 足跡は私が進んだ道とは違う方角から来て、別の方角に進んでいます。


 私以外にもここを捜索している人がいるようです。


 といってもそれもそうでしょう。

 大人達もユーリヤの森以外にも捜索しているでしょうし。ここも捜索していてもおかしくないはず。


 あれ?


 よく見ると足跡が小さい。


 もしかして!


「チノ! いるの? いたら返事してー!」


 私は早足で足跡を追います。

 そして小さい背中を見つけました。

 私は嬉しく駆け寄ります。


「チ……リン?」


 そう。小さい背中の正体はリンでした。


「こんなとこで何してるの?」

「ミウ、良かった。迷子になって」

「またなの? で? 今日はどうして?」

「チノを探そうと……して」


 リンは悲しそうに俯きました。


「大人が探しているんだから。私達子供は家でおとなしく待ってよ?」

「でもミウだって……」

「私はできる範囲でやってることだから」

「なら私もできる範囲でだよ」

「どういうこと?」

「チノは人間界に向かったんだよ」

「人間界に? それってやっぱ本当の親に会いに?」


 リンは頷きます。


「でも人間界へ入る穴なんて普通の大人ですら知らないのよ」

「実は私、地図を書いてたの。迷わないために。チノはその地図と槍、ブレスレットを持って人間界に向かったのよ」


 母が第3ラインと言ってたのはこのことだったのでしょう。


「それがなんでここに?」


 リンは北のトラバス山からここへ来たのだ。西からではないはず。


「昨日、トーリの丘で言ったでしょ。西の山に見覚えがあるって」

「ああ、言ってたね」


 チノに邪魔されて最後まで聞かなかったけど。


「私、あの山を登ったのよ。それで下りる所を間違えてトラバス山に辿り着いたの」

「それじゃあ、そのことを大人に伝えなきゃあ!」

「私もそうしようと広場の集会所に行ったんだけど誰もいなくて。とりあへずメモは残したわ。ねえ、私はあの山まで案内して」

「でも大人に……」


 リンは大きくかぶりを振った。


「駄目よ。それだと遅くなるかもしれない。チノはたぶんトラバス山経由であの山に着くわ。今なら会えるかも」

「……」


 西の山くらいなら私も案内はできる。

 でも例えチノを見つけても私達でチノを戻せることができるでしょうか。


「お願い。私、ちゃんとチノと話し合いたいの」


 リンはまっすぐとした強い意志で私を見つめます。


「分かった。行こう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る