第28話 遠足⑤

 風呂上がりの後、私は大広間へと戻りました。


 後から大浴場に来た私は大浴場を出るのも最後だったようで、私が大広間に戻るとスピカお姉さんが皆に、


「それじゃあ、話があるから皆、集まって」

「スピカお姉さん、ティナ達が戻ってませーん」


 女の子が手を上げて言います。


「え!?」

「男子達も何人か出ってたよ」


 別の女の子も手を上げて言います。


「ええ!? どうして!?」

「ティナは父に会いに行くとかで、男子はチノに会いに行くって言って、ティナと一緒に出て行きました」

「もー、あの子達は!」


 と、そこでティナ達とクレア先生に連れられて戻ってきました。


「ちょ……」


 スピカお姉さんは叱ろうとしましたが子供達の雰囲気で言葉を飲み込みました。


 ティナ達はおどおどとしています。まるで恐ろしいものを知ったかのような。


 もしかしてリンのことでしょうか。そしてチノのことも知ったのでしょうか。

 クレア先生もスピカお姉さんにアイコンタクトを送っています。


「そ、それじゃあ皆、クレア先生から話があるから」


  ◇ ◇ ◇


 クレア先生の話は皆のおうちの方々に施設にて1泊する旨を連絡をしたこと。そして村からは村長と村役場の人、ユーリヤの森から長老と私の母、ヴィレッタさんが訪れたことを述べた。


 そして今日の予定として夕方に施設の方が自然公園について紹介。子供達の中で遊びに来たのに説明だけなのが不満なのか、遊べないのかという不満の声が上がった。


「明日の周辺の安全確認それと障気次第ですかね」

「それが良かったら遊べるの?」

「そうですよ」

『やった!』


 自然公園の紹介の後は自由時間で。午後7時に軽めの晩御飯。9時に就寝と。

 就寝場所はここ大広間で布団を引いてのこと。


  ◇ ◇ ◇


 施設の方からの自然公園についての説明は一度訪問している私からしては真新しいものはなく記憶の再確認で終わった。


 そしてその後一時間ほどの自由時間を各々好きなようにして過ごします。


 ティナ達の様子はおかしく、周りの子達は大人達に強く叱られたものと考えているのでしょう。しかし、事を知る私はティナ達が妙に大人しい理由がリンのことであると分かっています。


 そのこともあってか時折、ティナと男の子達からの視線が私へと飛びます。


 ティナは村の女の子達とオセロをしています。

 今は勝負が終わって観戦しています。


 私とセイラとネネカはトランプでババ抜きをしています。セイラが負けで終わった時、それを見計らってティナが動きました。


 私の下へ来て、「私も混ぜて」と聞きました。


「いいよ」


 セイラは言いつつ私の顔を見ます。セイラもティナがここに来たのも私に用があってのことと理解しているのでしょう。


 別に断る理由もないので頷きます。


 セイラがカードを切って私達にカードを配ります。

 配られたカードの中で同じ数字を二枚選んで捨てます。


 皆が捨て終わったのを確認してじゃんけんをします。勝ったのはセイラで、


「それじゃあ私からいくね」


 とセイラは右隣のティナのカードを取ります。

 そして次はネネカがセイラカードを取ります。同じ数字のカードがあったのか二枚捨てます。


 私はネネカからカードを取ります。

 ハートの3。


 手札にスペードの3があります。

 2枚捨ててティナに手札の背を向けます。


 ティナはクローバーのキングを私の手札から取りました。


「ねえ、もし人間がいたらどうする?」


 とティナが聞きました。


「へ? 人間?」


 セイラがティナの手札からカードを取って聞きます。


「……うん」

「ん~びっくりかな?」


 セイラは取ったカードと手札のカードを捨てます。


「はい、ネネカ」

「……その質問、もしかして人間が妖精界に来たってこと?」


 ネネカはセイラからカードを取ってティナに聞きます。


「まっさか~」


 と返事をしたのはセイラ。


「人間は妖精界にはこれないよ。それに来たとしても大気中にはマナがあるんだよ」


 人間にはマナは有毒です。そう言えばどうしてリンは平気だったのか。いえ、そう言えば取り替えられたとか。ならチノが?


 でもチノは平気です。それに魔法も使えます。

 どういうことでしょうか?


「ミウ?」

「え?」

「ミウの番だよ。ほら」


 ネネカが手札の背をこちらに向けています。


「あ、ああ、ごめん」


 私はすぐにカードを取ります。取ったカードはジョーカーでした。


「ミウはどう思うの? 人間がいたら?」


 ティナは真っ直ぐ私を見て聞きます。


「そ、そりゃあ、びっくりだよ」

「それだけ? 仲良くなれる?」


 それはどっちのことでしょうか?

 人間界からやって来た妖精のリン?

 それとも本当は人間のチノ?


「なれるって……」

「今まで通り?」


 それはチノことだ。


 チノと今まで通り接することが出来るのかと。


 そんなの……決まっている。

 私はカッとなって、


「今まで通りよ!」


 つい声を上げてしまいました。

 周りの子達も声に驚いてこちらを見ます。


「ご、ごめん」


 私はすぐに謝りました。


「こっちこそ、ごめん。変な質問だったね」


 ティナはダイヤの8を私の手札から取ります。


 ジョーカーは私の中に。そのジョーカーは憎たらしく笑っているように見えます。

 とても苛立だしいです。


「ミウ?」


 いつの間にか一巡していました。


「ごめん。私の番だね」


 取ったカードはハートの9。


  ◇ ◇ ◇


 結局ジョーカーは最後まで私の手札の中で笑っていました。


「もう一回する?」


 空気を察してかセイラが困惑しているように聞きます。


「次は……」


 次は別のゲームをしようと言おうとした時、戸が開きました。


 髪の短い女の子です。その子は中に入らず戸に立ち、部屋にいる私達を伺います。


 一瞬誰と思いましたが戸を開けたのはチノと気付きました。


 すぐに気付けないくらい、今のチノはいつもと様子がおかしかったのです。


 いつもなら仲の良い男の子達が駆け寄るのですが今はじっと様子を見ています。

 みかねたのか近くの子が、


「どうしたのチノ?」


 と声をかけます。


「ううん。なんでもない」


 チノが男の子達とティナに視線を向けます。視線を向けられた子は顔を伏せます。


 私は立ち上がりチノの下へ。それからセイラやネネカも続きます。


「大丈夫?」

「別に何もないし」


 チノは視線を逸らします。


「今は自由時間なの。で、この後に軽めの夕食があるんだって」


 別の女の子が優しく教えます。

 他にも子供達がぞくぞくと集まってきます。


「そうなんだ」

「大丈夫? 怪我でもしたの?」

「いや、怪我とかはないから」

「そうだ。オセロしているの一緒にやろ」

「あ、ああ」

「崖から落ちたときのこと教えてよ」


 とチノは女の子達に連れられて行きました。


  ◇ ◇ ◇


 異変があったのは就寝前の時でした。皆がクレア先生に指示されて布団を運び、大広間には揃えた時に自由時間でチノと遊んでいた子達がチノと距離を取っていたのです。


 拒絶とはいきませんけど、どこかよそよそしいような戸惑っているようなそんな気配です。


 そんなこともあり、チノはどこに布団をひこうか戸惑っているようです。


 私は手招きして自分の隣にと誘います。

 布団をひきおえて歯を磨くため洗面所に向かうのですがチノは浴場に向かいました。そういえばチノはまだお風呂に入っていないのです。


 洗面所には長い列が出来ていました。

 私が列に並ぶと前に並んでいる子が、


「チノは?」


 と聞きます。


「チノはお風呂にだよ」

「そう……なんだ」


 そしてその子はそわそわして周りを気にするように小さい声で、


「…………ねえ、チノって人間だというの本当?」

「!」


 私の後ろに並んでいるセイラが、


「え? 何? 人間? どういうこと?」


 ネネカも「どうしてチノが?」と聞きます。

 そのせいか他の子達も会話を止め、こちらに視線を向けます。


「それ誰から聞いたの?」


 私の問いに、


「知ってるよ。ね?」


 と、その子は他の子に訊ねます。


 他の子達も「……え、うん、知ってる」と歯切れ悪く答えます。


 私はティナに向きます。目が合ってティナは首を振ります。次に男の子達に向くと彼らは視線を逸らします。


 犯人は彼らはでしょう。

 私が非難の目を向けていると、

 男の子が、


「だ、だってしつこく聞くから……」

「何よ。私が悪いって言いたいの? 私はあんた達がなんかよそよそしいから聞いただけじゃん」


 なるほど。そうしてチノが人間という件が広がったということか。


「ねえ、ミウは知ってたの?」


 セイラが私の袖を引っ張って聞きます。


「詳しくは知らないけど。そうなんじゃないかって」

「そうなんじゃないかってどういうこと? どうしてチノが人間だと?」


 私が躊躇していると、


「リンっていう人間界から来た奴がそう言ったんだ。チェンジリングでチノと自分が取り替えられたって」


 男の子が全部しゃべってしまいました。


「ちょっと何を……なんで全部言うのよ。まだ本当か分かってないでしょ」

「聞いたんだよ。しっかりと。チノの母親も認めてたよ! チノは人間なんだ!」


 男の子が大声で言います。そしてふんと鼻を鳴らしてそっぽを向きます。

 どうしてそんな言い方を。あんなに仲良かったのに。


「あんたねえ!」


 私は許せなくて前に進もうとした時、


「あっ!」


 女の子の一人が何かに気付いて目を開き、驚きの声を出しました。そして周りの子達も同じ様に驚きました。皆は私の後ろを見ています。


 私は何だと振り向きました。


 そこにはチノがいました。


 どうして?


 浴場に行ったのでは?


 いつからでしょうか。

 いつから聞いていたのでしょうか。


「チ……ノ」


 私が声をかけるとチノはすぐに走り去っていきました。


  ◇ ◇ ◇


 その日の夜、チノは大広間には戻ってきませんでした。


 私はチノが医務室に向かったと思って、医務室に伺いましたが、チノの姿はありませんでした。


 どうやら客室の方だというのを知りましたが、母に止められました。


「今はやめなさい」

「どうして?」

「今は独りさせてあげなさい」


 母は理由を教えてくれませんでした。


 仕方なく私は大広間に戻りました。


 すると大広間は静かです。

 皆は静かに寝たふりをしているようです。


  ◇ ◇ ◇


 翌日、朝食にもチノの姿はありませんでした。


 朝食後、クレア先生から魔物の姿もなく、障気もないので今日は自然公園で遊ぶということになりました。


 本来なら皆、喜ぶのですが、皆、暗いのです。


 クレア先生の話の後、私は、


「チノはどこに?」


 と聞きました。


「チノちゃんは親御さんと朝早くに帰りました」

「そうですか」

「そうだ! カエデちゃんはもう大丈夫だから、誘いに行ってくれない?」

「分かりました」

「わ、私も行く」

「同じく」


 セイラとネネカもついてくると言います。


「じゃあ三人ともお願いね」

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