第27話 遠足④

 トラバス山自然公園には屋内施設があり、宿泊施設としても機能しています。その施設内に大広間があって、私は今、スピカさんに案内されてお広間に向かっています。


 どうやら青空教室の皆は大広間に避難しているらしく、今日は念のために大広間で1泊するらしいです。


「魔物が他にもいるかもしれないから」


 スピカお姉さんはつとめて平素で言いますが、どこか困惑しているようです。


 それもそうでしょうね。登山中に魔物がたくさん襲ってきたのですから。しかも、外には障気が濃く、他にも魔物がいるかもしれないのですから。


 ちなみにカエデは医務室、チノとリンは大人達が話があるということで残されました。

 そして私達は廊下の奥、大きな戸に突きあたりました。


「リンって子については言っちゃあ駄目だよ」


 スピカさんは腰を屈め、人差し指を口許に立てて、小さな声で私に言います。


 それは医務室を出た時もクレア先生に言われたことです。


 私は返答としてしっかり頷きます。


 それを確認してからスピカさんは戸を開きました。


 皆は弁当を食べていた最中なのでしょうか、箸を止め、戸の方に顔を向けます。

 そして私を見るやセイラやネネカ、青空教室の皆が食事を中断してこちらへ駆け寄ってきました。


「ミウ! 無事だったんだ!」

「良かった!」

「心配しましたのよ」

「崖から落ちたときはびっくりしたよ」

「怪我はないの?」

「飯食ったか?」

「今日は1泊だって」

「ほらほら皆、落ち着いてね」


 スピカお姉さんが皆に落ち着くようになだめますがそれでも皆は私に質問攻めをしてきます。


「あれ? カエデとチノは?」


 ふとセイラが二人のことに気付いて、私におそるおそる聞きます。


「カエデはマナの使いすぎで今はベッドで静養中。チノは先生と少し話があるって」

「そうなんだ二人とも無事なんだ」


 セイラがほっとして言います。


「チノのやつ何かしたのか?」

「何か壊したとか?」


 普段チノとよく遊んでいる男の子たちが聞きます。


「違うよ皆。ミウはお腹が空いたから先に弁当を食べてお風呂に入るってことになったの」


 え!? 

 なんですか。その嘘は!


『そうなんだ』


 え!? 信じるの!?


「さ、ミウ、向こうの席でお弁当を食べなさい」

「……はい」


 私は皆と共に席に着いて、弁当を食べます。


「うっ!?」


 弁当を中身はグッチャグチャです。ただ混ざってるだけでなく、元のおかずが原型を止めてなくバラバラになり、ご飯と混ざりあっています。


「中身すごいことになってる!?」


 セイラが私の弁当を見て声を上げます。

 それに釣られて皆も覗き込んできます。


「本当だ!」

「チャーハンみたい」

「やっぱ崖から落ちたからか?」

「すごない!」


 とりあへず箸で摘み、食べます。

 トマト味です。

 どうやらプチトマトが潰れて中身と混ざりあったのでしょう。


「まあ、食べれなくはないね」


  ◇ ◇ ◇


 夕方、一時間程の自由時間の後で私達は大浴場で体を洗うこととなりました。


 男の子達は施設職員が、女の子達はスピカお姉さんが案内することになりました。


 本当はすぐに大浴場で体を洗う予定だったのですが私達は着替えを持っていなかったこともあり、替えの下着や服を職員が用意するのに時間がかかったらしいのです。


 私は大浴場に向かうときコートを医務室に置き忘れたことに気付きました。


「ごめん。先行ってて。私、医務室にコートを取りに行ってくるから」


 私はセイラ達にそう言って、急いで医務室へと向かいました。


  ◇ ◇ ◇


 私はノックしてからそっとドアを開けました。


 すると大勢の大人達がいました。クレア先生達、森の長老、村長を務めるティナの父親、チノの母、その他私の知らない3人の大人達。


 彼らがちらり私の方を向き、すぐに顔を戻します。


「ミウ!」


 名前を呼ばれて向くとカエデのベッドの近くに母がいました。


「あれ!? お母さん!?」


 私はカエデのベッドへと近付きます。


「ミウ、無事だったのね」


 母は私に抱き付いてきました。


「うん。無事。でも、どうしてお母さんがここに?」

「連絡を受けてね。あんたが崖から落ちたり、カエデちゃんが倒れたって聞いて。それでよ」

「どうやってここに? 外には魔物がいるんじゃあ?」


 まだいるかどうかは不明ですが危険なので外出は禁止のはず。


「ヴィレッタさんがいてね」


 ヴィレッタさんは軽く会釈します。


「うちのヴィレッタ強いのよ」


 カエデが答えます。


「カエデ! 目を覚ましたんだ。良かった。大丈夫なの?」

「もう大丈夫よ」


 カエデが明るい声で言います。

 しかし、ヴィレッタさんが、


「お嬢様、無理をなさらないで下さい」

「そんなことないわよ」

「自力でベッドを下りられないでしょ?」

「うっ!」

「カエデ、無理しないでね」

「う、うん。そのゴメンね。迷惑かけて」

「私の方からもお嬢様をお助け頂きありがとうございます」


 ヴィレッタさんが丁寧に頭を下げる。


「そ、そんな! 助けもらったのは私だし」


 私は頭を下げます。


「うちの子を助けてくれてありがとうね」


 母も礼を述べます。


「そんな! 私すぐバテたし。それに聞いたよ猪型の魔物倒したって」

「あ、うん。リンのお陰で」


 私はちらりとリンのいるベッドの方を伺います。


 ベッド周辺にカーテンがかけられ中が分かりません。外からチノ、チノの母、長老、村長達大人がそちらを向き、じっとしています。

 先程から重い空気を醸し出しています。


「リンは?」


 私は小声で母に聞きます。


「今、お医者さんが診ているの」


 と、その時でした。

 カーテンが開かれて、お医者さんが出てきました。


 しかし、大人達はお医者さんではなくベッドに横たわる少女に視線を向けています。


「あなたが……リン」


 チノの母がゆっくりとおそるおそる、確認するように聞きます。


「はい、リンです。あなたが私の母ですね」

「どうして?」


 リンはリュックから平べったいケースを取り出します。そしてそこから1枚の紙を、いえ、写真を取り出しました。


 リンはチノの母に写真を差し出します。


「……こ、これは」


 よく見えませんがリンがチノの母の娘という証拠の写真なのでしょう。


「じゃあ、あなたは本物の……」


 チノの母は目を見開き、口許に手を当て驚いています。

 チノは戸惑いの視線を自分の母に向けています。


「他にもあなたが私のために残した槍とかブレスレットとか」

「…………」

「アマンダさん、説明を」


 村長がチノの母に説明を要求します。


「ミウ、あなたは出ていきなさい」

「あ、うん」


 そこでここに来たのはコートを取りに来たのだということを思い出しました。

 医務室を見渡すと私のコートは壁際の椅子の上にありました。


 私はコートを取って、医務室を出ようとしました。

 するとそこで、


「ミウちゃん、待って。君にも聞きたいことがあるから」

「娘に何を?」


 母が尋ねました。


「いえいえ、ただ崖から落ちたときのことやら猪型の魔物を倒したとか。その時のことを詳しく聞きたくて」


 村長はたいしたことではないですよと両手を向けて母に答えます。


「槍を使って弱ってた魔物にリンと二人で倒しただけです。ね?」

「うん、うん」


 リンも頷きます。


「そうか。崖から落ちたときだが……」


 そこでノック音が鳴り、村長の言葉が中断します。

 ドアが開き、スピカお姉さんが入ってきました。

 スピカお姉さんは空気を察して、


「もしかしてお取り込み中でしたか?」

「スピカどうしたの? 子供達を浴場へ案内は終わったの?」


 クレア先生が尋ねる。


「えっと、ミウちゃんがコートを取りに行ってから時間が長いので心配して……」

「ああ、そうだったわね。ミウちゃん、浴場に行ってらっしゃい」

「クレア君!?」


 村長が声を上げる。


「当時のことはここいるチノちゃん達でも十分では?」

「……しかし」

「村長、詳細につきましては後からでもよろしいのでは?」


 大人の男性が言いました。


「そう……だな。ミウちゃん、もしかしたら後でいくつか質問するかもしれないけどいいかな?」

「はい」


  ◇ ◇ ◇


 私はスピカお姉さんに連れられて浴場に向かいました。


 更衣室でスピカお姉さんは棚からタオルと着替え一式を取り出しました。


「これを使ってね」

「はい」


 私はタオルと着替え一式を受け取り、服を脱ぎ始めました。私の隣でスピカお姉さんも服を脱ぎ始めました。


「おれ? スピカお姉さんもお風呂に入るの?」

「子供達だけでは駄目だからね」


 裸になって浴場の戸を開けると湯煙が私をぶわっと包みます。


「広い!」


 浴場は大浴場というだけすごく広い。

 たとえ子供達だけであっても十数人もいたらぎゅうぎゅうと思うかもしれませんが、それでも余裕があるのです。


 私はスピカお姉さんと共にぴちゃぴちゃ音を立てて浴場を歩きます。


「ミウだ! 遅ーい」


 と言うセイラの顔は真っ赤です。


「ごめんね」


 セイラの下へ向かおうとするのですが、


「ミウちゃんはまず体を洗おう」


 スピカお姉さんに肩を掴まれ、洗い場に向かわされます。


 崖から転び落ちたので体が汚れているからでしょうか。でもコートを着てたのでそんなに体は汚れていません。せいぜいコートと服ぐらいなのでしょうけど。


 セイラとネネカも浴場から洗い場に来ました。


「ねえねえ、どうして遅れたの?」

「実はうちの母がいたの」

「え? なんで?」

「たぶんカエデの治療かな」


 母は医者ではありませんが魔石の加工を生業としているのでマナ関係のことに精通しているのです。魔石にはマナが詰まっているので加工にはマナの扱いが上手くなくてはいけません。


「ミウのお母さん、ここまで一人で?」

「ううん。カエデのメイドさんや長老に村長、大人の人もいたよ」

「父が来ているのですか!?」


 ティナは私の近くにいて聞き耳を立てていたのでしょうか。


「うん。それでちょっと質問されてね」

「……そうですか」


 ティナはどこか思うところでもあるのでしょうか。唇を尖らせます。


「後で皆の様子を見にくるわよ」


 とスピカお姉さんはティナに言います。そして私に、


「ミウちゃん、たぶん崖から落ちたときのことやそれからのことも詳しく聞くかもしれないけど、ちゃんと答えるのよ」

「はい」

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