第25話 遠足②

「おい! 起きろミウ!」


 どこか遠いところで名前を呼ばれている気がします。


「ん、んん!」


 瞼をうっすらと開けるとチノがいます。

 そして自分の体が揺すられていることに気付きます。


「ミウ!」


 どうしてでしょうか。近くにいるのに遠くから呼ばれている気がします。

 まるで鼓膜にフィルターでもかけられている気分です。


「チ、ノ?」


 私はゆっくりと起き上がります。

 すると頭が重く感じて右手で額を押さえました。


 周囲を見ると森でしょうか。

 そして私の後ろには壁が、いえ崖です。絶壁があります。


 ああ、そうか! 私、猪の魔物に突き飛ばされたんだ。次第に記憶が蘇ってきます。


 突き飛ばされて私とカエデ、チノは崖をごろごろ転がり、今いる地面にたどり着いたのでしょう。


 体が土まみれなったことを除き、大きな怪我はありません。もしかしたら多少の打ち身はあるかもしれません。崖から落ちてこれで済んだのはコートの加護のおかげでしょう。普通なら大怪我ものです。


「カエデは?」

「こっちだ」


 大木の下にカエデが横になっています。その隣にリュックが置かれています。どうやらチノが移動させたのでしょう。


「カエデ? 大丈夫?」

「うっ、ううう!」


 返事は呻きでした。


「ど、どうするよ?」


 チノがうろたえて聞きます。


「まず光魔法を使おう」

「それで治るのか」

「ううん。光魔法は私達がここにいるってクレア先生たちに教えるためよ」


 私は光の玉を生み出します。


「ちょっとチノ! あんたも出しなさいよ」

「あ、ごめん」


 チノも急いで光の玉を出します。


「それじゃあ光を強くするよ」

「おう!」


 私達は手を上にして光の玉を強く発光させます。

 日中だと気付いてもらいがたいですが雨天の今なら気付いてもらえるでしょう。


「ふう~」


 私が光の玉を消すとチノも同じ様に光の玉を消します。


「気付いてくれたかな?」


 チノが見上げながら聞きます。


「どうだろう」


 次に私は私のリュックから折り畳み傘を出します。傘を開いて、


「チノ、傘持ってて」


 私はチノに傘を渡し、カエデのリュックを探ります。もしもの時のために何かあるはずです。


 そしてピンク色の魔石がありました。

 私は魔石を使います。


「できるのか?」

「やるだけやってみる」


 マナをピンク色の魔石に注ぎ、光らせます。

 しかし、カエデの容体に変化はありません。


「無理だ」


 発光させれば魔法が発動するわけではありません。

 水の魔法もブレスレットの刻印によって発動したのです。


 もちろん刻印なしで魔法を発動させることもできますが、それは熟練者の業物で子供である私にはそんな高等技術はありません。


 私はピンク色の魔石をカエデのリュックに戻しました。


「どこか雨足をしのげる場所はないかしら?」

「ちょくっら探してくるよ」


 チノは私に傘を渡して、周辺を調べに行きました。


「遠くに行ったら駄目だからね」

「分かってるー」


 私はリュックから水筒を取り出し、お茶を飲みます。

 するとすぐにチノが戻ってきました。


「もう見つかったの?」

「違う。やべえ、魔物がいる!」

「どんなやつ?」

「狼型のやつだ!」

「今どこに?」

「向こうだ!」


 チノは後ろを向き、指差します。


『あ!』


 指差す向こうに狼の姿が。


「チノ、魔法の準備!」

「おう」


 ブレスレットを使い水魔法を発動。

 手の平に小さな水の玉が生まれます。


 もちろん、これでは倒せません。

 水の玉を大きくさせます。ゆっくりと膨らんでいきます。


 狼型の魔物がこちらに向かってきます。


 早く! お願いだから早く!


 水の玉はなかなか膨らみません。かなり焦れったいです。

 しかし、向こうもまた中々こちらへ来ません。


 今のうちに。早く! 早く!


 狼型の魔物が近付いてきて、その魔物が怪我をしていることに気付きました。


 もしかしてカエデが落とした魔物でしょうか?


 相手が手負いなら私とチノで倒せるでしょうか?


 そして魔物が私達に襲いにかかります。


「今よ」


 私とチノは魔法を放ちます。

 2つの大きな水の玉が高速で飛び、狼型の魔物に命中。

 魔物は大きく弾かれ倒れます。


「やったか?」

「待って」


 私は念のため、もう一度水の玉を作ります。


「大丈夫じゃねえか?」


 チノはゆっくりと近付きます。

 すると魔物はゆっくりと起き上がります。


「わ!」

「チノ! どいて!」


 チノが慌てて下がると私は水の玉を放ちます。

 しかし、小さかったからでしょうか。魔物は当たっても怯みません。そのままチノに飛びかかろうとします。


「ぎゃあー!」

「チノ!」


 私はとっさに傘を握り、それで魔物に叩きつけようとしますが、間に合いません。


 魔物がチノに噛みつくというところでバッチーンという鞭を打つような音が鳴り響きます。


 それは魔物が雷に打たれた音です。


 どこからでしょうか?

 雷は空からではありません。


「チノ! こっちに」


 雷に打たれて痺れた魔物はもう一度チノに襲い掛かろうとします。


 しかし、それを横から飛び出してきた少女の槍に寄って邪魔されます。

 槍は魔物の腹に突き刺さりました。


「誰?」


 少女の刺した槍から炎が出て、腹の内から魔物を焼き殺します。


「大丈夫?」

「ありがとう。あなたは?」

「私は一ノ瀬凛。ねえ、私、道に迷ったのだけどユーリヤの森ってどこか分かる?」


 イチノセリン。


 まるで人間のような変わった名前です。


 それに服装も変わってます。知らないマークの帽子、帽子の後ろから馬の尻尾のような髪の束が伸びています。服は艶のあるモコモコのコート、生地が不明な群青色のズボン、底が硬くて継ぎ接ぎで出来たような靴。リュックも布とは違う少し硬そうな変わった生地で出来ています。


「……私はミウ。で、こっちはチノ。えっと……私達、ユーリヤの森から来たの」


 と私が言うとイチノセは目をきらきらさせて、


「嘘!? ホントに!?」


 私の手を握り喜びます。


「で、でも私達は崖から転び落ちて……今、助けを待ってるとこで」

「あらー、そうなんだ。じゃあ君達と一緒に待ってたらいいのかな?」


 と言われても分かりません。たぶんあまり状況は変わらないかもしれません。


「ん? そっちの子は大丈夫なの?」


 イチノセは大木の下で横になっているカエデを見て心配そうに聞きます。


「その子はカエデ。マナを大量に消費したから今はぐったりしているの?」

「命には問題ないってこと?」


 私は首を傾げて、


「そこのところはよく分からない」

「助ける方法は?」

「マナを注入するとかかな?」

「なるほどマナがないんだもんね」


 イチノセはしゃがんでカエデの胸元に手を置きます。

 するとイチノセの左腕に嵌めている腕輪が光ります。


 次第に苦しそうだったカエデの表情が和らいでいきます。


「私にできるのはこれくらいかな」


 腕輪の光を消してイチノセは振り返って私達に告げます。


「すげー。魔法使えるのか」


 チノが感心したように言います。


「我流だけどね」

「我流でもすげーじゃん。な、ミウ」

「……うん。イチノセはその腕輪と槍をどこで手に入れたの?」


 我流で魔法を取得したこともびっくりですが、イチノセの持っている腕輪と槍も気になります。槍は明らかに魔法攻撃用の代物ですし、何より腕輪が尋常ではありません。魔石は人工加工されたものでダイヤのようにカットされています。それが白、赤、黄色、ピンク、緑の5色。そして刻印が複雑です。


 そうとう高価なものです。


「リンでいいよ。これらは親のだよ」

「それらのもの勝手に持ち出していいの?」


 高価なものを勝手に持ち出したら怒られます。それに槍とかは危険なものです。子供が持つと親でなくても他の大人たちが怒ります。


「これは親が残したものでさ……」


 リンは眉を下げて答えます。


「形見? でも危険なものだよ」

「形見じゃなくて、親が私のために残してくれたものらしいんだ。あ、槍は忘れ物だっけ?」

「残す?」

「にしてもかなり雨がけぶってきたね」


 でも雨足は強くありません。もしろ弱まっているようです。それでも周囲は煙っています。


「霧じゃね?」


 チノが言います。


「ああ、そうかも。ゲフッゲフ」


 リンが咳き込みます。


「これ障気よ」

「ブッ、ん、障気」

「悪いマナが充満してるっこと。あまり吸ってはいけないわ」


 リンは腕で口許を覆い、障気の薄い方へ移動します。


「君達は平気なの?」

「コートを着ているから多少の加護があるから」

「いいな。うちの親もそういうの残してくれたら良かったのに」


 そう言ってリンはリュックから折り畳みの傘を出して広げます。


  ◇ ◇ ◇


「崖から落ちてきたって言ってたよね」


 リンは傘傾けて上を見上げています。


「うん。そうだけど」

「なんか崖の上から煙が出てるよ。うん。障気でもないね。煙だ」

「え?」


 私とチノも崖の上を見上げます。


「本当だ煙が出てる」


 障気や雨がけぶっているのでなく明らかに色の濃い燃焼の煙が立ち昇っています。


「う~ん。死角で分からないや」


 リンは謎の黒い筒を目に当てています。


「なに……」


 何それと尋ねようとしたとき、大きな爆発音が鳴り響きました。

 そして崖上のフェンスとガードレールが落ちてきました。


「危ない! 皆、下がって」


 リンはそう叫んで崖から慌てて離れます。

 その数秒後、フェンスとガードレールが地面に衝突します。


 上で一体何が?


「皆! 今度はでかいのが落ちくるよ」


 リンが叫びます。


 そして大きな巨体が空から降ってきて地面に衝突します。雨のせいでか粉塵は全く巻き上がりませんでしたが衝突で生まれた破片が巻き散ります。


「な、何だ?」


 チノが叫びます。


 巨体の正体は私達を突き飛ばした猪型の魔物でした。


 かなり深手を負っているのか右目は潰され、体には深く大きい傷があり、紫色の血を流しています。それと背中を燃やされたのか煙が昇っています。


 チノは私が言う前にカエデを背負いました。


「どうする? やっちゃう?」


 リンが聞きます。


 しかし、深手を負っているとはいえ、子供の私達だけで倒せるでしょうか?

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