第24話 遠足①

「はい皆、ちゃんと縦2列になった?」


 先頭のクレア先生が列を確認して尋ねます。


『はーい』


 私達は手を上げて答えます。

 今日は遠足の日。目的地はトラバス山山頂付近の自然公園です。


 生徒は全部で22人で引率は先頭にクレア先生、列の真ん中にスピカお姉さん、最後尾に村役場で働くユリさんとカラントおじさん。


「それでは出発しまーす」

『はーい』


 生徒皆、元気よく答えます。

 それだけ遠足を楽しみにしていたということです。


 皆は特殊なコートを着ています。このコートは魔法で加護が施され自然の濃密なマナや火や水に強く、そして破けにくいのです。


 そしてもしもの時のために生徒全員には水色の魔石が嵌められた腕輪を付けられています。


 背中にはリュックを背負っています。リュックには弁当と水筒、シート、タオル、ちり紙が入っています。


 先頭のクレアが歩き始め、私達もその後ろに列を崩さずに続きます。


 私の右隣にはカエデが。前にチノ。2つ後ろにセイラとネネカ。ティナは4つ前です。


「私、トラバス山って初めてなんだけど遠いの?」


 カエデが私に聞きます。


「そうねえ、ここから町に行く距離に丘があって、そこから森に入って山を登るくらいかしら」


 私も幼い時の一度しか行ったことないのでよく分かりません。それにその時は途中で疲れて父におぶってもらいましたから。


「いやいや丘は町より遠いぜ」


 とチノが後ろを向いて言います。


「うん。遠い」


 チノの隣を歩く男の子も遠いと言います。


「そうなんだ」

「でも少しだから」

「よくトラバス山に行くの?」


 カエデがチノに聞きます。


「んん~? ちょいちょいかな?」

「何回くらい行ったことある?」

「7回くらいかな?」

「そんなに!? まさか子供達のみで行ってないよね?」

「なわけないだろ! 遠いし。それにあんなとこ子供だけじゃあ危険だっつうの」

「危険! やっぱ魔物とかいるの?」


 カエデが腕輪を掴み声を出します。


「魔物とかはあったことないよ。問題は迷いやすいのさ。しかもマナが障気化して大変だし」

「へえ、だからコート着ているんだ」


  ◇ ◇ ◇


 トラバス山はまず村と町を結ぶ道を途中まで進み、途中で北東へ向かう別れ道を進みます。


 この頃には2列であっても横や前後との間隔がバラバラです。まあ話しながら歩くとそうなりますよね。先生も強く注意をいたしません。


「ほらカエデ! あの山だよ」


 私は遠くの山を指差してカエデに教えます。


「遠い」

「疲れた?」


 カエデは首を横に振ります。


「大丈夫。でも休みなしで登れるかしら」

「途中で丘の上で休憩だって」

「なら行けるかもね。今日のために昨日はめちゃくちゃ日向ぼっこしてマナを貯めたから」


 私達は耕地に挟まれた道を進みます。このまま進み続けると丘の下へと着きます。


「やっぱ調査隊のせいで本来のメンバーではないらしいぞ」


 他の子達としゃべっていたチノが戻ってきて私に言います。


「どういうこと?」

「本来の同伴する大人達は調査隊に組み込まれて、それで急遽スピ姉が参加になったって」

「そういえばセリーヌさんも調査隊に参加してたよね。なんでだろ?」

「そりゃあ適任だからだろ。セリーヌさん、ああ見えて魔法は誰よりも上手だからな」

「へえー」

「本当はもう少し色々経験してからだったんだけど人数不足で選出されたんだって。母ちゃんが言ってたぜ」

「セリーヌさんって、この前の魔法講義の時の?」

「そうだよ。クレア先生とは同級生で時折、青空教室の手伝いにも来てくれているの」

「そういえばパンケーキの時にもいたっけ」


  ◇ ◇ ◇


 そして丘を登り、私達は一度丘の上で休憩します。

 丘の上は草原となっているので皆、座って寛いでいます。


「ふひ~ しんどいわ~」


 カエデが足を伸ばして言います。

 疲れているのはカエデだけでなく数名の子達もくたびれています。ネネカやティナもくたくたな様子です。


「これであの森越えて、登山でしょ」


 カエデが森とトラバス山を見て、うんざりしたように言います。


「大丈夫よカエデ。あの森はそんなに深くはないし、山もそんなに高くはないよ。それに頂上に行くわけではないんだし。だいたいあと半分よ」

「うえ~半分~」


  ◇ ◇ ◇


 長めの休憩の後、再出発しました。


 森は薄暗いですが太長い一本道の空は開けていて、そこから太陽の光がさんさんと注ぎ、道だけは明るいです。


 奥へと進むと坂が増え始めます。そして一際大きな坂に差し掛かりました。


「きつい! 森きつい! ユーリヤの森よりきつくない?」

「カエデ、もう山だよ」

「え!?」

「後ろ振り向いてみなよ」


 カエデは後ろを振り向き、


「おお! 本当だ。いつの間にか山に登ってる」


 視界には森の頭が広がっています。さらに向こうを伺うと休憩した丘が。


「あとは登るだけね」


 先程までくたくただったカエデもあと少しと分かれば意気揚々となります。


「はしゃぎ過ぎたら駄目だよ」


 なんてったってカエデはマナを無意識やちょっとしたことで大量放出してしまうのです。

 はしゃいで自然公園に着いたときに倒れるなんて笑えません。


「分かってるよ」


  ◇ ◇ ◇


 しかし、問題が発生しました。

 それは快晴だった空に雲が現れたのです。


「皆、ここから崖道があるから気を付けてね」


 先頭のクレア先生が声を大にして注意を言います。


「ががが、崖!?」


 カエデが身を震わせます。


「ああ、大丈夫。崖際には落ちないようなにフェンスやガードレールがあるから。それに太い道だから……あれ?」


 ここでぽつりと水滴が頭に当たりました。

 上を見ると雲は灰色から黒色に。

 そして雨が降り始めます。


「雨だ!」

「ひやっ! 冷た!」

「傘!」

「みなさーん、雨が降ってきたのでフードをかぶってね。それと傘を……」


 そこでクレア先生の注意を裂く悲鳴が。

 何かと思い皆、悲鳴の方へ顔を向けます。

 そこには、狼型の魔物がいました。さらに2匹が現れました。


「きゃあーーー」


 子供の誰かが悲鳴を上げました。

 すると連鎖するように悲鳴が。

 クレア先生たちは魔法の杖を取り出します。


「皆さん! 落ち着いて! 先生達の後ろへ!」


 子供達は皆、大人達の後ろへ移動します。

 大人達は魔法を使い迎撃します。

 スピカお姉さんも魔法を使います。一撃で倒すことができず魔物がスピカお姉さんに突進してきます。


「きゃっ!」


 弾け飛ばされてスピカお姉さんは尻餅をつきます。そこに鋭い牙を剥き出した魔物がスピカお姉さんに覆い被ろうとします。


 しかし、カラントおじさんが水魔法で魔物を弾きます。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 スピカお姉さんは立ち上がり、魔物に魔法を放ちます。


  ◇ ◇ ◇


 そして何とか全ての魔物を退治しました。


「怪我人は?」


 最後尾にいたカラントおじさんがクレア先生に聞きます。


「大丈夫です。子供達には被害はありません。スピカ、大丈夫?」

「当て身を食らっただけ怪我はありません」

「そう。良かったわ」


 クレア先生はほっと一息つき、


「皆さん、もう大丈夫ですよ。さあ、早く列になって! 自然公園はすぐですから」


 何人かの子は泣いていて、なかなか列ができません。大人達はその子達を何とか泣き止まして、列を作ります。列は一応2列編成ですが怯えた子が大人達にくっついているので、そこだけ団になっています。


 そして先生が注意していた崖道に差し掛かりました。


「ここから崖道だから注意してね。雨で滑りやすくなっているか気を付けてね」


 そして私達は注意して崖道を進みます。

 でもその注意は崖ではなく魔物でした。

 またどこからか現れるのではとキョロキョロしながら進みます。


「私、魔物って初めてみた」


 カエデが言います。


「……私も」

「魔物が現れたら、水魔法でいいんだよね」


 カエデはブレスレットを掴んで聞きます。


「うん」

「でもどうして水魔法なんだろ? 水が苦手なのかな?」

「周りに被害が及ばないためだと思うけど。それに水魔法は扱いやすいし」


 崖道を進んでいる途中でまたしても同種の魔物が現れました。


 今度は2匹同時です。しかもその魔物は大人達のいるところから離れた場所、列の真ん中に降り立ちました。


 子供達は悲鳴を上げて前と後ろに逃げます。クレア先生とカラントおじさんは逃げ向かってくる子供達のせいでなかなか魔物の方へ行けません。


 なのでスピカお姉さんが対応します。

 2匹の魔物のうち1匹はスピカお姉さんにもう1匹は逃げ惑う子供達へ襲い掛かります。


『きゃあああ!』


 私は右手を左腕に嵌めたブレスレットに当て、左手を開いて前に差し出します。


 そして右手からマナを注ぎ、魔法を発動させます。


 私の左手から小さな水の玉が現れます。

 これでは駄目です。もう少し大きくならないと。私はフルでマナを注ぎます。


 けれど魔法を察知した魔物がこちらに向かってきました。


 早く!


 私は水の玉が膨らむのを焦れったく感じます。


「シャアー!」


 魔物が威嚇しながらやってきます。4つ足で地面を駆けて。


 間に合わない!


「こっちだ馬鹿」


 魔物の頭に石がぶつかります。

 チノが魔物に向け石を投げたのです。


 魔物の注意が一瞬止まります。

 さらに別方向からネネカが石を投げます。


 よし。


 水は十分膨らみました。


「いっけぇーーー!」


 私は水魔法を魔物に向けて放ちます。

 水の玉は弾かれたように手から離れ、高速で魔物に向かいます。


 バッチーーーン


 そして大きな破裂音と共に魔物は弾かれ壁にぶつかり倒れます。


「や、やった?」

「やったじゃん」


 チノが喜び私に抱きついてきます。


 しかし、「まだよ!」

 カエデの声で気付きます。


 魔物は起き上がり、私に向かって駆けてだします。


「ギッシャアー!」


 カエデは水魔法を発動させようとします。

 けれど間に合いません。今から魔法を発動させてもこの距離ではとても間に合いません。


 そう本来なら。


 ブッシャアァー!


 水の竜巻が魔物を押し、ガードレール、フェンスを壊し、崖へと突き落とします。


 魔物を突き落としてもなお水の竜巻は止まりません。


「と、止まらないよー! だ、誰か」


 カエデは悲鳴を上げ、助けをいます。


 私はすぐにカエデの下に駆け寄り、ブレスレットを外します。すると水の竜巻が止まりました。


「ふう」

「ミウありが……」


 そこでカエデは力抜け体がかくりと傾きます。私は慌てて抱き止めます。


「カエデ!」


 危うく地面に倒れるところでした。


「大丈夫か?」


 チノが駆け寄ってきます。


「いつものだよ」

「マナが空になったてやつか?」

「そんなとこ」


 もう1匹の魔物はどうなったのでしょうか。

 スピカお姉さんの方を伺うと丁度魔物が倒されたところでした。


 これでもう安心ですね。

 私がほっと一息ついた時でした。


「逃げるんだ!」


 カラントさんが大声を放ちます。


「え?」


 どういうことでしょうか?

 魔物は全部倒したはずなのですが?


 小首を傾げていると、大きな揺れを感じました。


「あわっ、わわわ!」

「お! おお!」


 私とチノはたたらを踏みます。


「グッギャアアアー!」


 大音量の雄叫びが大気を震わせます。

 私はカエデを支えているので片方しか耳を塞げなくて、チノは両手で耳を塞いでいます。


 おそるおそる後ろを振り向くと大型の猪型の魔物がいました。


『きゃあああ!』


 猪の魔物は頭を少し下げます。


 嫌な予感がします。

 私達は一歩引きます。


 しかし、猪の魔物は鼻を鳴らし、一気に私達を上へと突き飛ばしました。


『きゃあああ!』


 私とカエデ、チノはフェンスを越えて崖へと落下しました。

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