第13話 チノ①

 私は自室のベッドに横たわりながら、昨日、図書館で借りてきたファンタジー小説を読んでいます。物語には魔法やドラゴン、妖精にモンスターがいっぱい出てきます。


 私達妖精が出てくるのですが人間にとって妖精はてのひらサイズの小ささで羽が生えているものとして描かれています。


 別に驚いてはいません。人間が書いたファンタジー小説を読んだのはこれが初めてではありませんので。今までも似たようなものがありました。そしてどうしてなのか人間界では妖精は羽の生えた小人となっています。


 もしかしたら実際の人間は大きくて、彼らから見れば私達は小人でしょうか。なんて考えましたが人間界の物を見るけれど物の大きさは私達妖精の物と同じサイズです。

 昨日、図書館で見つけた原本もそう大きくありませんでした。


 ということは人間も妖精も実際に同じ大きさなのでしょう。とすればどうして人間は妖精を小さな生物として見ているのでしょうか?

 謎です。今度ネネカに聞いてみましょう。博識のネネカなら何か知ってるかもしれません。


「ふう」


 私は息を吐いて、本を閉じました。

 いけません。読んでいる時、別のことを考えては。ストーリーが頭に入ってきません。

 ですがどうしても私達妖精の件が物語であれやこれやと書かれていると、もやもやしてしまいます。


 私は少し気分転換として窓を開けて外の空気を吸い込もうとしました。

 その時、窓からうちの家へと向かってくる来訪者二人が目に入りました。


 二人のうち一人は見知った人で司書さんです。もう一人は知らない大人の男の人です。村の人でしょうか。着ている服は役職の人が着るような服です。


 司書さんが家のドアをノックしました。

 それに母が対応します。

 自室からでは上手く聞き取れませんが母は二人を家に招き入れたようです。


 私は自室のドアを開いて、耳をすませて一階の音を拾います。


「ん~。分かんない」


 私は階段近くまで移動しました。

 そこではっきりと会話が聞こえました。


「……ということがあったのですよ」


 この声は司書さんだ。


「ええ、それは娘から昨日に聞いております」


 ああ、やっぱり昨日ことか。原本を読んだことを話に来たのか。


「こちら側の不手際で申し訳ありません」


 とこちらは男性の声だ。


「いえいえ、たいして害もないようで」


 害とはどういうことだろうか?


「そうですか。人間界に興味を持ったとか、行ってみたいとか、そういう発言はありませんでしたか?」

「ないですよ。全然」


 と母は笑って否定する。声音からたぶん手とか振ってるんだろうなと想像できる。


 その後も何か話していますが、これ以上聞かなくても大丈夫かなと考えて自室に戻りました。

 そして昨日借りてきたファンタジー小説を読みます。


  ◇ ◇ ◇


 昼食を終えてすぐに母が、


「さっき図書館の人とマルセイ町の役員が来てたわ。昨日のことでよ」

「そうなんだ。で、なんか言ってた?」

「原本があったことを謝ってたわよ」

「へえ」

「それとあんたが人間界に興味があるのかどうかを聞かれたわ」

「特にないよ」


 ここで母は一度大きく息を吐く。

 少し面倒なことがあったらしい。


「私もそう答えたわ。でも向こうは……」

「向こうは?」

「ううん。なんでもないわ」


 母はこの話はここで終わりだというように工房の方へ行きました。


  ◇ ◇ ◇


 母との会話の後、私はテラスでロッキングチェアに揺られながら日向ぼっこをしていました。


 暖かい陽射しに体がぽかぽかします。

 気を抜くと睡魔に負けそうです。


 駄目です。食っちゃ寝すると牛になると言います。

 寝ません。絶対。

 …………。


  ◇ ◇ ◇


「……ハッ!」


 いけません。寝てしまいました。

 でもそんなに寝ていない気がします。

 ……たぶん。


 私はリビングに入り、壁時計を見ます。

 針は午後3時17分を指しています。


 大丈夫です。テラスで日向ぼっこしたのは午後1時45分頃です。寝てたのはたぶん1時間と少しだけでしょう。


 さて今日は一体どうしましょうか。

 時計を見つつ今日の予定を考えます。


 私は両手を組み合わせて両腕を上に伸ばし、背をぐぐっと伸ばします。そして左右に上半身を曲げます。最後に両手を元に戻して、息を吐きます。


 体力は有り余っていますのでちょっと外に出掛けましょう。


  ◇ ◇ ◇


 私は母に散歩に出かけると言って外に出ました。

 家を出るとすぐに自然が。

 ……なんて当たり前です。だって森の中に暮らしているのだから。


 私は家の周辺を歩きます。周辺だからといって気を抜いてはいけません。

 家が視界から消えると周りは木々だけなのです。見覚えのある特徴的な大木なんてそうそうありません。足跡と方角を見失えば迷子です。


 ですので迷子にならないためマナを頼りにしているのです。


 私達妖精は息を吐くように体から微量なマナを放出しているのです。そしてそのマナを頼りに迷子にならないようにしています。

 どのようにマナを頼りにするのかというと、マナの視認です。


 まず一度目を瞑ります。深呼吸し、体全身を強く意識します。

 目を開けるとオーラが。


 このオーラがマナです。正確には私のマナの残滓です。もしありとあらゆる全てのマナが視認すると視界が光でいっぱいなります。ですので視認するのは私のマナのみです。


 私はそのオーラをぎゅっと握って塊にします。そうすることによりすぐには消えないようになります。さらにそれを矢印状にして元来た道の方角へと向けます。


「よし」


 私は目を元に戻して散歩を続けます。

 森には木々のみだけでなく花や蝶、小動物もいます。

 今も青い蝶がひらひらと舞い、花に止まりました。


 昔、といっても数年前ですが、よく蝶や小動物を追いかけたら母に叱られました。

 今はもうマナを扱えるのでうるさくは言われません。


 さて森の中をぶらぶらしていると印岩しるしいわに辿り着きました。

 印岩は迷った際、自分がどこにいるのかが分かる岩です。


 今、目の前にある岩は5の文字と矢印が彫られています。

 印岩は広場から同心円状に番号が振られています。さらに矢印は広場の方角を指しています。


「なんだ迷子か?」


 振り向くとチノがいました。

 珍しく今日は一人です。


「迷子じゃないわよ」

「そうだろうな。その岩があるってことはお前ん近いんだろう」

「一人? 珍しいわね。何してるの?」

「そっちもここで何してんだよ?」


 質問を質問で返されましたので少しイラっときます。


「私は家の近くだから散歩よ。チノこそ何してるの?」

「同じく散歩だ。何か面白いことでもないかと思ってぶらついてたのさ」


 そしてチノは森を見渡します。


「やっぱここは面白いとこ何もないな。目新しいこともないや」

「それじゃあ村にでも行きなさいよ。村に」


 それにチノの表情がほん少し変わります。何か嫌なことを思い出したような。


「……」


 そしてなぜか黙りました。

 村に行きたくないということでしょうか。

 もしかして村の子供達とケンカでもしたのでしょうか。


 いえ、表情から察するにケンカという感じではありせん。それにチノは男の子ぽいけど、どちらかというとケンカは嫌いな子です。


 だとするなら……。


「もしかして宿題やってない?」

「うっ!」


 図星だったのかチノは目を反らします。

 青空教室からは宿題が出ています。たいして難しいわけではないのですが、この前の青空教室でチノはあまり授業についていけてない様子でした。


「やろうとはしてるんだけど、難しくてさ」


 チノは頭を掻きます。


「教えてあげようか?」

「マジで?」

「私も今日、暇だし」


 でもその前に母に一言告げておかなくてはいけません。

 一旦家に帰り、母にチノの家に行くことを告げます。


「そう。暗くなる前に帰ってくるようにね」


 私に振り向かず母は工房で仕事をしながら言います。


「はーい」

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