第9話 歓迎会①

 ユーリヤの森にある広場は待ち合わせ場所として使われたりもしています。


 私とセイラ、ネネカが待ち合わせ場所に着くとカエデがすでにいました。


「あ、ミウ達だ。本当に来た」


 カエデが私達に手を振ります。


「ねえ、なんか知らないけどヴィレッタにバスケット持たされて、皆が待ってるから森の待ち合わせ場所に行けって言われたんだけど」


 ヴィレッタさんアバウトだよ。


「……えっと、森の案内だよ」

「ああ、そうなの。で、3人はどこかで待ち合わせして来たの?」


 私達が同時に来たのでそう思ったのでしょう。


「ううん。私は道すがら。セイラとネネカはお隣さんなの」

「で、どこから案内してくれるの?」

「そうだね~、まずは集会所でかな」


 とセイラが言います。すぐに私が、


「セイラ! 違うよ!」

「? ……あっ! そうだね。えっと、どこからだっけ?」


 セイラがあわわと慌てふためきます。


「ト、トーリの丘よ!」

「そう! そうだったね」


 とセイラはこくこくと頷きます。

 セイラがかなり挙動不審だったのですが、カエデは特に気にしてない様で、


「まあ、いいけど。でもどうしてトーリの丘に?」

「聞いたんだけどカエデってあの日トーリの丘に向かおうとしてたんでしょ?」

「あの日?」

「初めて会った日よ」

「ああ! そうよ。トーリの丘に行ってみようとして迷っちゃったのよね」

「だからまずはトーリの丘を案内しようと決めたの」

「そっか。それじゃあ、そのトーリの丘に向かいましょ」

「う、うん」


 私達はほっと胸を撫で下ろしました。


 広場を出ようとした時、カエデが掲示板を見つけました。


「なにかしら? ……ムウ・ザナトゥ魂環の儀?」

「ムウおばさんのことだよ」

「魂環の儀って?」

「聞いたことないの?」


 カエデはこくりと首を縦に振ります。


「老衰で……亡くなるから……見送りだっけ?」


 実のところ、あんまりよく知らないので自信がありません。たぶん私達はムウおばさんの魂環の儀が初めてになるのでしょう。


「亡くなった後にやるフォレスト派の葬式」


 ネネカが説明を足します。


「へえ、でもそのムウおばさんはまだ生きてるのでしょ。それなのに……ねえ?」

「老衰だから」

「老衰ねえ。その人おいくつで?」

「387歳」

「387歳ねえ。…………ええ!? 嘘でしょ、387なの!?」


 カエデがびっくりして聞き返します。

 それもそうでしょう。妖精の平均寿命は150歳です。その平均寿命の2倍以上生きているのですから。


「本当だよ」

「す、すごい長生きなのね。妖精でなく精霊だったり?」

「残念、違うよ。妖精だよ」

「でも、そんなに長生きするの?」

「さあ?」


  ◇ ◇ ◇


「ここがトーリの丘ね。思ってたより広いじゃない!」


 トーリの丘に着いてカエデが歓声を上げます。


「あの大木で休憩しましょ」


 私達は大木の下にシートを広げます。


「皆、軽食は持ってきてないの?」


 軽食を取り出したカエデが聞きます。


「いやいや、早すぎでしょ」

「そうかな?」

「他にも案内するんだから。とりあへずお茶でも飲も」


 私達は水筒を取り出して、お茶を飲みます。カエデの水筒にはお茶でなく紅茶が入っていました。


「紅茶?」


 そう聞いたのはセイラでした。


「ええ、そうよ」


 紅茶のせいか口調が少しお嬢様ぽくなるカエデ。


「飲んでみる?」

「じゃあちょっとだけ」


 とセイラはコップに紅茶を入れてもらいます。


「おわわ、すごい香り」

「お二人は?」


 カエデは私とネネカに向け聞きます。

 私達は結構と首を振ります。


  ◇ ◇ ◇


「遊ぶ場所とくつろぐ場所に別れるのね」


 カエデが子供達が遊んでいるエリアを指して聞きます。そこには沢山の子供達が色々な遊びをしています。反対に私達のいる場所は木々があり、木陰にシートを引いてくつろいでいる子達が。


「うん。ここらへんではボール遊びは基本禁止」

「私達も遊ぶ?」

「いやいや、他にも案内する所あるから」


 ここで体力を使われては困ります。ただでさえカエデはマナ消費量が激しいのだから。


  ◇ ◇ ◇


 遠くでボール遊びをしてたある子供達がいるようで、こちらへとボールが飛んできました。飛んできたといっても、落下地点はかなり前ですけど。


 そのボールを取りに来た子が私達を見て、そして戻りました。その子が子供達の輪に戻ると何やら話をしています。そして子供達の輪からある子供がこちらへ寄ってきました。


 チノです。


「よう。どうだお前らも?」


 それは主にカエデに向かっての言葉でした。


「ごめんね。この後、予定があるの」

「えー。いいじゃん少しくらい」

「ここで体力を使いたくないの」


 カエデは手を合わせて謝ります。


「少しくらい、な」

「な、じゃないから。カエデは体力の消費が激しいだから」


 私が間に入って告げます。


「お前に聞いてないし」

「この前の様にバテて倒れたらどうするのよ」

「あん? この前って何だよ?」

「滝壷のこと忘れたの?」

「あー、あったな」

「だから運動は駄目なのよ」

「ごめんね」

「むぅ~」


 チノは唇を尖らし、不服そうです。

 しかし、カエデのバスケットを見て、にやりと笑います。


 いやな予感が。


 私がバスケットを取る前にチノに取られてしまいます。


「ちょっと返しなさいよ」

「へ、へーん。返してほしければ勝負だ!」

「だからカエデは体が弱いの!」


 しかし、チノは返そうとせず後ろ向きに遠ざかります。

 そこでチノの後ろに近付く人物が目に入りました。


 チノも背後からの影で後ろを振り向きます。


 ガチーン!


「痛い!」


 後ろにいる人物がチノの頭頂部にげんこつをしたのです。


 その人物はセリーヌさんです。セリーヌさんは私達より10歳年上のお姉さんです。


「こら! 悪いことしたらするわよ!」

「……別に悪いことは」

「返してあげなさい」

「……はい」


 チノはカエデにバスケットを渡します。


「よろしい。いいかい、カエデちゃんは本当に体が悪いのだから無茶は言ってはいけない」

「チノ、体が良い時はドッジでもバレーでも付き合うから」


 カエデがしゅんとしているチノに言葉を掛けます。


「ホントか?」


 すぐにチノは明るくなります。


「……体力がある日は」

「絶対だからな」


 チノはそう言って友達の群れに戻ります。


「セリーヌさん、助けてくれてありがとう」

「いいのよ」

「ところでカエデって体そんなに悪いの?」


 セイラが聞いてきました。


「体力の消費が激しいの。普段の生活では支障はないけど激しい運動はね」


 とカエデは肩を竦めて説明しました。


「それじゃあ私はこれで。またね」

「はい、また」


 セリーヌさんが去った後チノが、「また?」と首を傾げました。


「さ、さ! 次、行こうか!」


 私は慌てて言いました。


  ◇ ◇ ◇


 次に私達が訪れたのは神殿テンプルです。


 森の中にあるのに全く違和感がありません。むしろ建っていないとおかしいような雰囲気です。それはやはり厳かな建造物だからでしょうか。


 テンプルには祭殿、本殿、拝殿、社務所などがあります。


「ほへー、すっごいわー」


 カエデが口を開けて驚いている。


「町にはないの?」

「あるよ。ただ町のテンプルとは全然違うわ」

「どう違うの?」

「町のは社務所と本殿と礼拝堂だけ。大きさも1階建ての小さいものよ」

「それは町や村には魂環の儀がないから」


 とネネカが告げます。


「やっぱフォレスト派は信心深いんだね。それにあの大樹は何?」


 カエデは祭殿奥の大樹を指して聞きます。


「あれは神樹。世界樹とも呼ばれる」

「それも魂環の儀に関係しているの?」

「そう。神樹を経由して天界に送る」

「へえ」


 カエデは神樹を物珍しそうに眺めます。


「それじゃあ、まずは拝殿に行きましょ」


 と私は提案しました。

 拝殿はみなが参拝する建物です。

 日本の神社に似ています。違うのは賽銭箱がないことです。


 私達は手を合わせて拝みました。

 カエデは参拝したことがないのか、ちらちらと私達を見て作法を真似ます。

 町にもテンプルがあると言ってたけど参拝経験はなかったのでしょうか?


「参拝は初めて?」

「ううん。初めてではないわ。ただ、作法が違うから」

「どう違うの?」

「町のは拝むというか祈りに近いかな」

「祈り?」

「こう、手を握って祈るの」


 カエデは両手を握り締め、それを顔の前に近付けます。


「ほー、違うんだ」

「次どうする?」


 セイラが聞きます。


「神樹を近くで見てみたいな」

「いいよ。行ってみよう」


 私達は神樹へと向かいました。

 そこでカエデが祭殿をのぼろうとするので私達は慌てて止めました。


「これ上るんでしょ? 向こうにあるんだし」


 ここからだと神樹は祭殿の向こうに見えます。


「ダメダメ」


 祭殿は建物ではなく雛壇となっていて、最上段は広く、燭台があるくらいです。

 しかし、普段は上ることは禁止となっています。


「用もないのに上ったらダメ。ぐるっと回らないといけないの」

「えー」


 カエデは肩を落として不満の声を出します。

 私達は祭殿をぐるりと回り込んで奥の神樹に向かいました。


 根元までまで近付いて久々に神樹に圧迫されます。神樹は抱きつくことができないくらい太く、一番下にある枝が並みの大木の頭頂部ほどの高さです。


「でかいねー」


 カエデは天を突き刺す神樹を見上げて感嘆の声を上げます。


「そりゃあ、神樹だからね」


 世界樹なんて言われているからね。しかし、改めてみると本当に大きいと実感する。


 私達は黙って神樹を見上げます。


 神樹は枝も葉も多いのに全く音がなく静かです。それはまるで音が吸い込まれているような。


 するとカエデが前へ進みました。そして神樹に近付き手を当てようとします。


「叩いたら駄目よ」


 私は慌てて注意します。


「うん」


 カエデは神樹の表面を撫でます。ゆっくりと慎重に。そして目を閉じます。

 神樹を触ることや撫でること自体は問題はありません。そういう人は大勢います。


 もういいのかカエデは手を離します。そして手をじっと見つめ、握ったり広げたりします。


「トゲでも刺さった?」

「違うよ。何でもないよ」

「そう。で、もういいの?」

「うん。で、次はどこを案内してくれるの?」

「次は川よ」

「川? 川ってこの前の? それだったらここに来る前に行けば良かったんじゃない?」

「前のは沢だよ。川じゃないから」 

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