第10話 口づけ
「物理的には無理かもしれない。現実問題、たかが男子高校生が、大人のあなたと一緒の時間を過ごすなんてことは難しいことも知っています。だけど。どうしても諦めきれなくて……。菜花さん。おれとお付き合いしてください。男で子供で頼りになんてならないと思うけど」
小針は菜花を見つめ続けた。
彼も、また小針を見ていた。
「小針くん」
「はい! ダメならすぐに断ってください。良いんです。遠慮なんて。どうせ、そいうの慣れていますから」
「小針くん!」
「はい」
一人で話続ける小針は、黙り込んだ。
菜花はじっとしていたが、そっと小針の両手を握った。
「異動が決まって、一番に浮かんだのが『小針くんとお別れになっちゃう』ということでした。混乱していて、なんて伝えようかって悩んで。でも、笑顔でお別れされちゃったから、すっごく悲しかったんです。『行かないでって』って言ってもらいたかったのかな。おれ。子供みたいですね。バカみたい。あの時は本当に後悔しました。小針くんの方がずっと大人だって」
「菜花さん」
「でもね。離れてみると、寂しい気持ちが日に日に増すんです。おかしいなって思っていました。どうしちゃったんだろうって。でも今、小針くんに告白されてよく理解しました。おれも、小針くんが好きです。すごく大切です。毎日会えないと、こうして会いたいと思うし、その。あの」
「なんですか?」
菜花は耳まで真っ赤にする。
「キス」
「え?」
「あの、もう一度、キスしてもらえませんか」
「え!?」
泣きそうな潤んだ瞳でキスをねだられたら、断る理由なんてない。
「でも、こんなところでは……」
さすがに人の往来も多い。
「じゃあ、あの。こっち」
菜花はそろそろと小針の手を引くと、駅のそばにある公衆トイレに入っていった。
市が管理しているトイレはきれいに清掃されている。
隣には駅前交番があるということもあって、ここで悪さをする輩もいないのだろう。
菜花を個室のトイレに押し込めると、無我夢中で彼の唇を貪った。
甘い味がする。
キスなんて初めて。
だって、失恋記録を伸ばしてきた男だもの。
どうしたら良いのかわからないのに、彼を味わいたくて、夢中で唇を重ねた。
そんな余裕のない小針の様子に気がついたのか、菜花はそっと小針の頬を指でなぞる。
「菜花さん?」
「小針くん。口開いてください」
「え?」
意図が分からずに、大きく口を開けると、菜花は笑い出した。
「ちょ、本当に。小針くんって面白い」
「な、だって。口開いてって言うから」
「良いですよ。そのまま」
菜花に視線を落とすと、彼はそっと顔を近づけてくる。
そして、小針の開かれた口に舌を差し入れて、彼の舌を絡め取った。
「っ!?」
ざらついた、そして温かい感触。
お互いの唾液が絡み合って、水音が響いた。
これがキス。
気持ちがいい。
菜花に習って自分も彼の口内を舐めあげると、菜花の肩が震えるのがわかった。
菜花さんも気持ちいいのか?
そうに違いない。
それを認識すると、もっとしたくなる。
角度を変えて、口角から溢れる唾液もそのままにキスはやめない。
貪るように口の中を堪能すると、頭が痺れてきた。
好き。
大好き。
もっと、味わいたい。
もっと触れたい。
気持ちが溢れ出して止まらない。
「キス、以外もしていいんですか?」
吐息まじりに耳元で囁くと、「……はい」と返答が聞こえる。
こんなことって夢見たいだ。
小針はそっとそのまま彼の耳元に唇を寄せた。
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