第9話 星野一郎の前で


梅沢うめざわの駅は馴染みがない。

到着して、とりあえず正面出入り口から外に出た。


『星野一郎の銅像があるので、そこで待ち合わせましょう』と言われていたのを繰り返し思い出しながら、それを探す。


星野一郎とは、梅沢市出身の作曲家だ。

全国的に有名で、小針も何度も彼の歌を合唱で歌っていた。

ハモンドオルガンを弾いている星野一郎のブロンズ像はすぐに見つかった。

正面玄関を出て、左手にあるそれを認めると、そこに菜花なばなの姿も見つけた。


しばらくぶりで会うのだ。

こうなる前は、毎日のように顔を合わせていたのに。

彼はブロンズ像の前のベンチに腰を下ろして、ぼんやりとしていた。

初めて出会った時のように、白くて細いくびについ視線が行った。


「菜花さん」


小針はそっと彼の名を呼んだ。

菜花は嬉しそうに笑顔を見せた。


「小針くん。こんなところまで来てくれたんですね。申し訳ありません」


「申し訳ないなんてことないです。むしろ、おれの方こそ、すみません。急なことで」


小針の目の前に立った彼は口元を和らげた。


「良いんです。それに、申し訳ありません、なんて言っている割には、本当は嬉しいんです」


灰色の瞳が、生き生きと輝いているような気がするのは、自分の思い込みなのだろうか?

二人とも、喜びが隠せないと言う気持ちは一緒なのかもしれない。


「どこでお話ししましょうか。どこかお店に」


「いいえ。ここで良いですか?」


小針は菜花の座っていたベンチを指さした。


「え、ええ。おれはどこでも」


「おれたち、前から話をするときはベンチじゃないですか。ここが落ち着きます」


「確かに。大事なお話はベンチがお決まりみたいになっていましたね」


二人は同意して、その場に腰を下ろした。

前回は菜花が話を切り出した。

今回は、自分。

小針は深呼吸をする。

怖いけど、でも、変な離れ方をするのだけは嫌。

こうして目の前にいると、好きな気持ちが溢れてきて、どうしようもないのに。

これで終わりになるのかと思うと、本当に切ない。

だけど、良いのだ。

それで。

みんなが背中を押してくれたんだもの。


「菜花さん。おれ、好きです。あなたのことが」


小針の告白に、菜花は目を瞬かせた。


「おれも、です。おれは、小針くんが好きで……」


「菜花さん! それって、そう言う好きじゃないんです。……こう言う好きだ」


小針は彼の細いくびに手を回すと、一気に引き寄せて唇を重ねた。

小針の突然の行動に、目を見開き驚きを隠せない彼だが、抵抗する様子もなく、ただじっとしているだけだった。

長い時間ではない。

だけど、当事者にとったら、ものすごく長い時間。

小針は、そっと唇を離し、菜花の瞳を覗き込む。


「おれは、菜花さんが好きだ。友達とか、知りあいとかの好きじゃない。キスもしたいし、それ以上もしたい。菜花さんをおかずに抜いたこともあります」


「な……っ」


菜花は顔を真っ赤にした。


「おれだって立派な男子高校生です。性欲くらいあります」


「そ、それはそうだけど」


「だけど、体の関係だけじゃないんだ。おれは、やっぱり菜花さんと図書館で過ごした時間がすっごく愛おしい。あなたと過ごせた時間は、おれの人生で何ものにも変えがたいものだった。あなたがいなくなって、本当に痛感しています」


小針の言葉は菜花にどう響くのだろうか。

怖いけど、もう止められない。



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