第5話 幸せの王子



「どよーんって」


大橋の言葉に、佐野も大きくため息を吐いた。


「失恋か。今回はうまくいくと思ったんだけどな」


二人は顔を見合わせてから、ベランダで一人黄昏ている小針の背中を見つめた。


「おれも、今回はいい線だと思ったんだよ? 菜花なばなさん、大人だし。メガホン見て引かないんだから。むしろ、どんな作りになっているのか興味津々で食い入るように見ていたし。あんな人、そうそういない」


大橋の言葉に佐野も頷いた。


「県大会の時の様子も見ていると、あれは普通じゃないもんな。あんな飛んでいる人はいないな」


「でしょう? なのに。やっぱり子供だからダメだったのかな?」


「そもそも、かんとくは告白したのだろうか?」


「確かに」


「しかし、何にせよ、失恋したことには間違いなさそうだな」


「だね」


二人が相談をしていると、そこに白木しらき秋月あきづきもやってきた。


「おい。小針の話か」


「そうそう」


大橋の回答に、二人も神妙な顔をした。


「失恋したのか。あれは」


「理由は誰もわからないんだけど。聞きにくくって。さすがに」


「そうだな」


「あの県大会の時の人だろう?」


秋月の問いに、佐野が頷いた。


「そうみたいだよ。ここのところ、かんとくの頭の中はあの人で占められていたみたいだし」


「相手は大人だからな」


「だな」


四人で悩んでいると、今度は二年生の長浦ながうら深津ふかつもやってきた。


「部長の話ですか」


先ほど、白木たちが合流した時と同様な会話を繰り返し、一同は思い悩む。

と、さらに、今度は一年生の真田さなだ棚橋たなはしもやってきた。


「部長の話ですよね?」


大橋はさすがにいい加減にしてくれと思う。

もう何度も同じ話で嫌になってきたのだ。

だけど、二人から始まった「小針が落ち込んでいるのは、失恋のせいかもしれないということに心を痛める会」のメンバーは八人に膨れ上がる。

なんだかおかしい。

みんながみんな、同じように悩める顔をしているのだ。

当の本人は全く気がついていないというのに。


「なんとかしてやりたいな」


ボソッと呟く佐野の言葉に、他のメンバーたちも頷き合った。


「部長は、おれたちのことも真剣に考えてくれました」


真田の言葉に棚橋も頷いた。


「あの人がいなかったら、おれたちはお互いすれ違ったままだったし、多分、どちらかが退部していたと思います」


「部長はあんな調子だけど、おれたちのこと全国に連れていってやるって言ってくれます。自分たちのためだけじゃない。おれたち後輩のことも考えてくれる人です」


「最初は頼りのない部長だと思いましたけど、おれたちの部長は小針先輩しか考えられません」


長浦と深津もそう言い始める。


「愛されキャラじゃん」


大橋は苦笑した。


「おれもさ。いろいろ相談乗ってもらってる。先輩たちとイザコザあった時も励ましてくれたし。白木と付き合うことになったのも、小針が背中押してくれたっけ」


白木も微笑を浮かべた。


「あの、お節介は死んでも治らないだろうな」


「確かにね。おれも体調悪いから。本当だったらおれが小針をサポートしなくちゃいけないのに、逆にサポートしてもらっている。気遣ってくれるし。むりさせないようにようにって、仕事も代わってくれる」


佐野の言葉に同意するのは秋月だ。


「本当だな。おれたち、みんな大なり小なりあいつの世話になっているのだな」


ああ。

そうか。

大橋は苦笑する。


「小針って幸せの王子みたい」


「え?」


「だって、みんなに幸せ振りまいているくせに。自分はボロボロじゃん。自分の持てるものをみんなに分け与えて、そして最後は何もなくなっちゃうんだよ?そんなのないと思う」


彼の言葉に、白木が返答した。


「だな」


佐野も頷く。


「おれたちで、なんとかできないものだろうか」


「みんな世話になっているのだ」


「ともかく、小針が何で落ち込んでいるのか知る必要があるな」


秋月の提案に、大橋が答えた。


「おれ、菜花さんの方にリサーチしてみる。今日、図書館に寄って」


「それがいい」


「それからだな」


作戦会議は明日。

八人はそう約束をして、練習に戻っていった。

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