第3話 不穏な電話
図書館で出会うだけでなく、こうして一緒に食事に行くことも増えた。
一緒に過ごすことで、知ったことも多い。
菜花は無類のコーヒー好き。
「おしゃれだから通う」というよりは、「ただコーヒーが好きだから」という理由でカフェ巡りをしているようだ。
ただし、好きな割にはこだわりはないようだ。
子供みたいに、濃いコーヒーは苦手。
どちらかというと、薄い味が好み。
店主には怒られそうだけど、出されたコーヒーに水を足している姿は笑うしかない。
彼はえせ文豪を気取っていたというだけあって、本の話になるとキリがない。
正直に言うと、彼の話の内容は小針には理解できないものばかりだが、「本が好きな小針くん」で通っているのだ。
興味があるフリをして話を聞いていたが、回を重ねる毎に、本の魅力が少しずつ理解できてきた。
最近では、菜花の指導の元に、いろいろな本を読んでいるところだった。
そんな楽しい時間を過ごしているものの、部活は東北大会が目前に迫ってくる。
季節は秋の匂い。
九月も末になった。
歌い込んだおかげで、ソロは順調。
菜花との関係性も良好なことが、小針の精神的なものを落ち着かせてくれているということは間違いないがなかった。
しかし、いつまでもそうは言っていられないのだ。
時間は、迫ってきていた……。
練習中に、ポケットの携帯電話が鳴る。
マナーモードにしてあるので、音こそ鳴らないが、ブーブーと携帯が震えている音がする。
「なかなかいいが、今ひとつ面白味に欠けるな。休憩五分。後半、もう少し歌い込むぞ」
顧問の言葉に、音楽室内に憩いの時間が訪れた。
「面白味がないって。どういうこと?」
大橋は
「今まで通りに歌っているつもりだが。なにを求めているのかわからないな」
「本当。ボスの指示って抽象的なんだもん。よくわからないな〜。ねえ、かんとく、どう思う……かんとく?」
大橋の呼び止めに「悪い」と曖昧な返答をして、小針はベランダに出る。
こんな時間に誰だ?
家族だろうか?
ポケットの電話を取り出すと、着信は菜花からのものだった。
「菜花さん……?」
図書館の番号ではない。
彼個人の携帯番号だ。
今日は仕事のはずだが。
こんな時間に自分あてに電話を寄越すなんて、何事かあったというのだろうか。
小針はすぐに折り返しの電話をかけるが留守番電話サービスになってしまう。
「なんだろう」
着信を見てくれるだろうか。
仕事中だ。
そう抜けられないのだろうし。
そう思っていると、再び彼からの着信が鳴った。
「もしもし! 小針です」
『小針くん? すみません。部活中ですよね』
「え、ええ。でも休憩時間です。どうしたんですか? それよりも」
菜花の声は心なしか元気がない。
あまり良い話題ではないのか?
心がざわついて、動悸がした。
『すみません。今日、会えませんか? 少しの時間でいいのです』
嬉しくなさそうな声色。
「は、はい。六時には終わるのでそちらに行きます」
『いいえ。おれが……』
「大丈夫です。あの、いつもの場所でいいですか」
『はい。ありがとうございます。お待ちしています』
電話はそっと切れた。
何事なのだろう。
ざわざわとする胸騒ぎ。
「よーし、続きやるぞ」
ボスの声に、小針は弾かれたように顔を上げてから音楽室に戻った。
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