第4章 別れ、そして…

第1話 特別な人


新しく入荷した本の整理をしていた。

表紙に本を保護するシートを貼り、ラベリングをする仕事だ。

カウンターでせっせと作業に取り組んでいると、ふと人の気配を感じ、顔を上げる。

後ろから近づいてきた志田しだは、菜花なばなくびに腕を回して引き寄せた。


「わわっ! 志田さん?」


「小針くんの歌声はどうだったのよ?」


連休明け。

彼女はその話が聞きたいのか。

今朝から、不審そうに自分を見てくると思ったら。

コンクールを鑑賞しにいくことは、彼女には話をしていた。

菜花はおしゃべりなタイプではないが、志田の方が聞き上手で上手なのだ。

根掘り葉掘り聞かれると、いつの間にか、彼女にはいろいろなことを話してしまう自分がいる。


「素敵でした。どうやら、東北大会まですすめるようです」


「そう。やっぱり菜花くんの応援のおかげねえ」


「そんな。おれは何も。これは、小針くんの実力です」


「またまた。愛があればこそよねえ。応援にきてくれた菜花くんに応えようと、必死に歌ったのよ。彼は」


志田の妄想は、時々意表をついてくる。

菜花は瞬きしていたが、意図に気がついたのか、頬を赤くした。


「な、志田さん。なにを」


「そのままの意味じゃない。やだな。照れちゃって。小針くんのこと、特別なくせに」


「特別って」


菜花は俯いた。


「そう迷うことないじゃない」


「でも」


「なにを迷うの? 高校生だから?」


「それは」


「でも、彼は三年生でしょう? もう来年の今頃は立派な大学生よ。高校生だと犯罪めいているけど、大学生なら問題ないじゃない」


「しかし」


「なによ、煮えきらないわね」


「おれは男で」


「小針くんも男よ」


「だから」


「だから? なに?」


菜花は首筋まで真っ赤にして俯く。


「おれとなんて一緒にいたら、ただのおじさんになってしまうわけで」 


「それはお互い様でしょう?」


志田はビシッと菜花を指差して言い切る。


「あの子のラブラブ光線、受け止めてあげなさいよ。あんなに素直に感情出してきているんだし。菜花くんだって嫌いじゃないんでしょう?」


「嫌いではないです」


「じゃあ、ちゃんと真剣に考えて、きちんとしてあげなさい」


志田は微笑を浮かべる。

菜花は目を瞬かせるばかりだった。


「知っているのに知らんぷりしちゃダメよ。条件はお互い一緒なんだし。ちゃんと考えてあげなさい」


「はい」


菜花はじっと手元に視線を落とした。

志田のいうことは最も。

彼女はどこまで知っているのだろうか?

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