第7話 第一段階クリア



「すごく感激しました。小針くんって本当に歌が上手なんですね」


コンクール終了後。

現地解散をした後、文化センターから外に出ると、菜花なばなが立っていてくれた。


「す、すみません……。なんだかお恥ずかしいことばかりで……」


小針の言っていることは多分、今日のコンクールのことと、先日の立ち聞きの件。

菜花は首を傾げてからにこっと笑った。


「少し付き合ってくれませんか?」


「……はい」


菜花が来てくれて嬉しくて。

そればっかりでいたけど。


でも。

あの夜のことと向き合わなくてはいけないのかと思う。

でも、きちんとしなくてはいけないことで。

菜花に連れられてきたのは、図書館の裏のあの夜の場所だった。

彼はそこにあるベンチに小針を促して座る。


「先日は、お恥ずかしいところをお見せしてすみませんでした」


彼は頭を下げる。

しかし、小針は首を横に振った。


「いえ。そんな。こちらこそ。あんなデリカシーのない発言するなんて、本当、おれのほうこそ失礼極まりなく……」


「いいえ。すごく嬉しかったです」


彼は小針の持っているメガホンに視線を落とす。


「彼女とは大学時代のサークルで知り合いました。おれはこんな性格ですから、お付き合いをしていても気の利いたこともできなくて。それでもなんとか彼女に引っ張ってもらっていたんですけど、仕事が忙しいのに託けてうっかり放ったらかしで。愛想尽かされました。当然のことです。サークルでもマドンナ的存在で可愛い人でしたから」


菜花の口から「可愛い人」という単語が出てくると心がズキズキする。

当然のことだ。

自分はあおい高校で、同性同士で付き合うことなんて意図も簡単で日常のことである環境にいる。

だが、菜花は世間一般の世界の人種だから。

女性を可愛いと言って当然なのだ。

そして、自分はその対象にはならないってことも理解しているのに。

心が苦しくなる。


「菜花さんは悪くないです」


それでも小針は、あの日の夜と同じ言葉を繰り返した。


「小針くん……」


「それってどっちが悪いとかじゃないじゃないですか。お互い、すれ違っただけです。それだけのことじゃないですか。気にすることではありません……いや。すみません。好きだった人とお別れしたのに、『気にすることではない』なんて失礼な話です。ああ、おれってやっぱり失礼なやつです……」


口を閉しても遅いのだ。

小針は頭を抱える。

しかし、菜花は苦笑した。


「そんなことないんです。……やっぱり小針くんは優しい人だ。おれは、そう言って欲しくて来たのかもしれません。確かに、あの夜のことはショックだったんですけど。何故でしょうか」


彼はそう言うと、優しい視線で小針を見る。


「あの時、一人じゃなかったってこと。そして、小針くんがおれの味方をしてくれたってこと。それだけで、なんだか心の重みが軽くなったような気がして……。だけど、あれ以来、ちっとも顔も見せてくれなかったじゃないですか」


「そ、それは……」


「少し寂しく思いました。嫌われてしまったのかなって。あんな恥ずかしい場面をみられてしまったので。今日も行くかどうかすごく迷いました。だけど、なぜか小針くんの歌声をどうしても聴きたくて」


「菜花さん……」


彼はまっすぐにくらい目の前を見つめて頬を緩めた。


「小針くんの歌声は想像以上でした。温かくて優しい。すごく心が満たされました」


自分の歌声をこんなに褒められた事はない。

小針は頬を赤くしてドキドキとするのが認知できた。

しかし、そんな反応に気がつくわけもないのか、菜花は続ける。


「ですが、今日はすみませんでした。みんなの前で……。おれ、夢中になると周りがよくみえません。気がつくと、みんなとは違ったことをしていることも多いです。こっそり見にいこうと思っていたのに。小針くんを見つけたら嬉しくなってしまって、あんなことをしでかしました。許してください」


「菜花さん!」


菜花といると調子が狂いっぱなしだ。

大人なのに。

自分には敬語だし。

変だとしか言われなかった人生なのに。

生まれて初めてだ。

肯定するような言葉で自分を褒めてくれる人は。


「あの」


「はい」


小針はじっと菜花を見る。

我慢出来ない。


「また歌いますから、お願いを聞いてくれませんか?」


「なんでしょう」


「あなたのそばにいたい。そして、あなたを好きでいてもいいですか?」


小針の言葉は、菜花にどう届くのだろうか。

そう探りながら見ると、彼はにこにこしたまま頷いた。


「いいです。おれもそうしていたいと思っています。小針くんといると落ち着きますし、なんだか自信が持てます。いつもの自分を隠さなくてもよて、とても居心地もいいです。ぜひ、仲良くしてください」


仲良く。

仲良くか……。

小針は苦笑する。

まあいいか。

第一段階はクリアだ。

こうして少しずつ近づければいいのだ。

いきなり「好きです」とか「付き合ってください」はない。

これでいいのだ。

小針はそう胸に言い聞かせた。

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