第6話 やっぱりこの人が好き
十一時過ぎに早めに役割を他校の生徒に引き継ぎをしてから、軽い昼食を摂った。
そして、正午。
文化センターの裏には、大きな川が流れていて公園のような河川敷が広がっている。
そこには、午後からの出番の学校の生徒たちが、あちこちで声出しを行い、ウィーミングアップを図っている光景が広がっていた。
二年生たちは、一年生たちを招集して一足先に点呼を行う。
三年生たちは、他校への引き継ぎで少し遅れているようだ。
長浦と深津は顔を突き合わせて不安を語り合う。
「部長、なんだか様子がおかしいんだって」
「合宿の時も変だったもんな」
「そうそう」
「なんか、メガホンも最近出番なしだしさ。いつものかんとく節がないと不安になるよな」
「それはそうだ。あの人はあの人らしくないと……」
「三年生が来たぞ」
別の部員の声に声を上げる。
相変わらず元気のない小針は、大橋に腕を引っ張られて河川敷を降りてきた。
「あ〜あ。あれじゃあね」
「ソロ大丈夫かよ」
佐野にも背中を押されてふらふらの小針。
見ていられない。
後輩たちは顔を見合わせていた。
彼は、みんなの前に立つ。
ここで、本来だったら気合を入れてくれるように挨拶があるはずなのだが……。
「あの……」
彼は戸惑ったように声を上げた。
「?」
「部長」
「大丈夫ですか」
あちこちから不安そうな声が漏れ聞こえてくる。
後輩たちのそんな反応に、大橋と佐野は顔を見合わせた。
小針の代わりに誰かが挨拶をしたほうがいいのだろうか。
そんな戸惑いの視線を交わし合った時。
不意に、河川敷の上から大きな声が響いた。
「
一同は目を見開き、声の主を探す。
相手は、露草色の半袖のシャツ。
にこにこっとして、手にはみんなが見慣れたメガホンが握られていた。
「
大橋が声を上げると、小針もはったとして視線を向けた。
菜花も小針の姿を確認したらしい。
嬉しそうに白い腕を大きく横に振る。
「小針く〜ん! 頑張ってね! 楽しみにしています! ファイトです〜!」
「ファイトって」
「死語」
事情が分からない白木や秋月は苦笑するが、大橋は爆笑してしまう。
「本当、あの人らしいな」
「菜花さん!」
小針は大きく手を振り返した。
そして、河川敷を一気に駆け上がって彼のもとに立つ。
「菜花さん……」
「応援にきました」
「でも」
「約束したじゃないですか」
彼は満面の笑み。
その笑顔は、真夏の太陽に光って眩しく見えた。
「だ、誰? あの美人?」
「あれが、かんとくの恋のお相手じゃん」
大橋は佐野に耳打ちすると、彼は驚愕した様子で、顔を青くした。
「嘘でしょう? 今までで一番じゃん」
「だよね」
「しかも、大人?」
「だね」
二人は顔を見合わせて苦笑した。
「菜花さん」
彼はメガホンをそっと小針に手渡した。
「この前はカッコ悪いところを見せちゃたのに、応援してくれたじゃないですか。本当に嬉しかった。温かかったです。ありがとうございました」
菜花は頭を下げた。
「そんな」
「今度はおれが応援する番です。頑張ってください。終わったらお話しましょう。聞いてもらいたいことがあります」
満面の笑みの菜花を見て、小針は思う。
ああ。
やっぱり、好き。
この人が好きなのだ。
自分は。
小針は目を輝かせてからメガホンを握りしめる。
そして、急に一同を振り返って怒鳴り散らす。
「おい! お前ら! なにちんたらしているのだ! 今日はおれたちのコンクール第一歩だ。そんなしけたツラしてんなよ! ヘマしたやつは、終了後にペナルティかけてやるからなっ! 腹に力を入れて気合入れていけっ!」
小針の大きな声に、部員たちは一瞬静かになるが、すぐに雄叫びを上げる。
「かんとく復活だぜ!」
「おお!」
「充電マックスかよ」
「やってやるぜ」
「
「うおおおお」
静かに声出しを行なっている学校が多い中、
完全に浮いている。
だけど。
そんな様子を見て、菜花はにこっと笑顔のまま見守っていた。
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