第4話 大岡越前裁き


「へ、返事?」


小針の疑問など二人の耳には入らない。

大橋は苦笑する。


「ねえ、これって」


「痴話喧嘩ってやつ?」


佐野も呆れる。


「え?」


「どういうことですか?」


長浦と深津は顔を見合わせた。


「返事もなにも、おれはお前が嫌いだって言っているじゃないか」


真田はぷいっと視線を逸らす。

しかし、棚橋は彼の腕を掴まえる。


「嫌い嫌いって言うなら、どこが嫌いか言ってみろ。おれから離れてみろよ」


棚橋の言葉に、真田は真っ赤になって立ち上がる。


「おれは、お前なんか嫌いだ! なんだよ! 急に。おれの気持ちなんか知りもしないで。突然、あ、あんなこと……」


「あ、あんなこと?」


あんなことや、こんなこと?

小針の思考は妄想でいっぱい。


「仕方ないだろう。おれの気持ちを知っているくせに、意地悪みたいなことばっかりするからだ」


「ち、違う! 意地悪なんてしていない」


「じゃあ、何なんだよ。おれの目の前で他の奴と仲良くするなんて、おれの気持ちをもてあそんでいるってことだろうが」


「ち、違うって! おれは。別に。そういうつもりじゃ」


「じゃあ、どういうつもりなんだよ」


「お前が恥ずかしいことばっかり言うからだ!」


真田は泣きそうだ。

プライドの高い男だ。

自分の気持ちを表現するのが苦手なタイプ。

それに引き換え、棚橋はストレートで実直なタイプだ。

棚橋の熱烈な思いに、答えられないもどかしさで真田は苦しんでいるのだろう。

ここでやっと事情を呑み込んだのだろう。

小針は、そっと真田の腕を掴まえる。


「部長」


「素直になるのだ。真田」


「え?」


「お前にとって棚橋は大事なのだろう? 嫌いだとすぐ跳ね除けられないのは、そういうことなのだろう」


小針の言葉の意味。

真田には身に染みて分かる。


「嫌いなら無視すればいいだけの話なのに。お前は離れなれないのだろう。棚橋と」


「真田」


棚橋もすがるように自分を見ている。

逃げてしまいたいのに。

棚橋はいろいろなものを突き付けてくるから。

だから嫌いだ。

だから苦手だ。

なのに。

小針は棚橋の腕も掴まえる。

そして、真田の手と棚橋の手をつなぎ合わせた。


「一緒にいればいいじゃないか。一緒にいられるのだ。こんな幸せなことはない。そうだろう? 違うか?」


小針の言葉。

そこにいたみんなが心に染み入って来る。

そう。

いいじゃない。

一緒にいられる幸せ。

一緒にいられない不幸せもある。

一緒にいられるなら、理由も意味もいらないじゃない。

一緒にいたい。

それだけでいいよね?

棚橋はぎゅっと手を握る。

小針の言葉に感動するなんて尺に触るが。

それもまたいいのかも知れない。

棚橋は申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまない。真田。無茶なことをした。もうしない。だから許してくれ」


「あんなことはもう嫌だよ」


真田はそっと棚橋を見上げる。


「おれの気持ちはマイペースなんだ」


「分かっている」


「だから」


「分かっている。ゆっくり行こう」


「そうして」


恥ずかしそうに俯いている真田を、棚橋はぎゅーっと抱きしめる。

にこにこして見守っていた小針だが、はったとする。

そして、二人の間に入った。


「おいおい、部内恋愛禁止にしよう」


「え?」


「部長?」


棚橋と真田は目を瞬かせる。


「なんだかやっぱりイラついてきた。幸せな奴を見るとイラつくかも。そうだ、今日から部内恋愛は禁止だ」


「へ?」


見守っていた四人も目が点。

小針は振り返ると、大橋を指さす。


「お前も、禁止!」


「ちょ、とばっちりでしょう?それって」


「とばっちりで結構」


「なんだよ! それー!」


大橋は走って行って小針をポカポカ叩く。


「おれ、関係ないし!」


「いやいや。おれの前でいちゃつく奴はみんな処罰するぞ! いいな!!」


「そんな! 横暴! バカ眼鏡! バカメガホン」


「うるさい!」


小針は棚橋と真田の間をわざと通って廊下に出ていく。

それを、文句を言いながら追いかけていくとわ。

佐野は苦笑する。


「せっかくいい感じで終わるのかと思いきや。やっぱりかんとくだよね」

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