第2話 お別れなんてダメ
場所は、県内の避暑地に建てられている県が運営する青年の家。
大型宿泊施設だ。
毎年恒例のイベントである。
合唱のコンクールは長丁場だ。
八月末に開催される県大会をスタートとし、全国大会は十月末から十一月頭に予定されている。
つまり、その間の四ヶ月間はコンクールに向けてギリギリの練習を続けて行かなくてはいけないのだ。
コンクールでは課題曲と自由曲を歌う。
たった十分の持ち時間に対して、練習量は半端ない。
この合宿では、たったその十分のために朝八時から夜九時までみっちり歌い込みを行うという、地獄の合宿であった。
しかし、そんなハードな練習日程の割に、ちょっとした時間に揉め事を次から次まで起こす男子高校生たちは、ある意味天才的。
「部長! 大変なんです」
連日のように襲ってくる問題に、小針は失恋の感傷に浸る時間もなかった。
ベースの二年生が二人、困った顔で顔を出したのだ。
小針は、隣にいた副部長の佐野を見る。
彼も顔色が悪い。
体調が悪いくせに、頑張りすぎだ。
小針はそう思った。
「どうした」
長浦は小針と佐野を見てから困った顔をした。
「すみません。見ていたつもりだったんですけど。ベースの一年生が分裂してしまって」
「ちょっとおれたちじゃ手に負えなくなりました」
佐野は眉を潜める。
ベースと言えば、彼のパートだ。
「
心当たりがあるということだ。
小針は佐野を見る。
「うちの一年生は、棚橋と真田の取り巻きに分かれてしまっているんだよね。元々、反りが合わないみたいで、なにかと対立していることは把握していたんだけど」
「この合宿で爆発したか」
練習方法について相談をしていた大橋も呆れた顔をする。
「そんな、こんな小さいところで派閥もなにもないでしょう?」
「そうは言っても、あいつらには大切なことみたいです」
深津は言葉を濁す。
それを見て、佐野も説明を加えた。
「あの二人。そもそも反りが合わないんだよね。入部した時からそうなんだけど」
「そうなの?真田って穏やかな子じゃない」
「そうでもない。根はきかない」
佐野はため息を吐く。
「で、もう少し詳しく聞こうか」
二人に椅子を勧めて、佐野は楽譜を閉じる。
「合宿が進むにつれて、いつも険悪だった二人の雰囲気がおかしいなと思って」
長浦は深津を見る。
彼が中心らしい。
「おれ、心配で棚橋に声をかけてみたんです」
深津の話はまとめるとこうだ。
元々反りが合わない。
お互いが口を開けば、お互いの気に障ることを言うので口論になる。
だから、お互いに関わらないようにはしていた。
ところが、イベントごとになるとパート単位で動くことも多い。
県大会の時にとてつもない大ゲンカをしてしまったとのことだった。
「原因は大したことのない行き違いだと言っていましたが、修正不可能なレベルの喧嘩だと言います」
「そんな喧嘩、いつしていたんだろう?」
とわは首を傾げる。
「おれも見ていません。いつもだとお互いの取り巻きが仲裁するので、そこまで揉めないのですが、今回は二人だけでの喧嘩になってしまったみたいです。事の詳細は一年生でも分からないそうです」
「困ったね」
佐野は悩む。
「真田はなんて言っているの?」
大橋の疑問に、長浦が答える。
「真田にはおれから話しましたが、棚橋と同様の回答でした。棚橋と大ゲンカをした。修復は難しい。一緒に歌うことはできない。パートを変えるか、もしくは自分は退部すると言っていました」
「そこまで?」
大橋は目を見開いて佐野を見る。
「真田も棚橋も中学から合唱をやっていて、どちらも熱心だ。三年間、ここで歌いたいと言う意気込みのある子だ。その二人が退部まで考えているなんて。ちょっと心配かも」
体調がいいとは言え、本調子ではない大橋は顔色が悪い。
だけど、そうも言っていられない。
どうしたものかと、顔を見合わせていると、小針がすっくと立ち上がった。
「ダメだ。そんなのはダメだ」
「え?」
「へ?」
大橋と佐野はきょとんとした。
小針はメガホンを握ろうとして、そこにないことに気が付き、仕方なく両手を口に添えてから大声で叫んだ。
「仲違いしたまま、お別れなんて悲しすぎる!」
「か、かんとく……」
「大丈夫か?」
彼は二人の制止など聞かずに、急に走り出す。
「おい!」
「小針!」
必死に追いかけようとするが、こういう時の小針に追いつけるものはいない。
だめだ。
そう思う。
だめなのだ。
小針は心の中で思う。
お別れなんて。
ダメ。
ここで一緒に歌う仲間じゃないか。
彼は廊下に出ると、ベースがパート練習をしている第二会議室に乗り込む。
「棚橋と真田はいるか!」
ベースの一、二年生たちは微妙な空気の中、それぞれで声出しをしているところだった。
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