第3章 コンクール
第1話 馬鹿な男
お盆期間になった。
それでも
ソロが上手くいかないと、顧問の瀬野にドヤされてしごかれる毎日だ。
お盆明けの一週間は、みっちりと歌い込みをする合宿が待っているし、小針は失恋を嘆いている暇はなかった。
「はあ……」
ため息を吐いてベランダで空を仰ぐ。
真夏のジリジリとした空気にやられそうだが、それもまた良いのかもしれないとも思う。
もう、何だかどうでもいいのだった。
そんな小針の後ろ姿を見て、佐野は大橋に声をかけた。
「かんとく、どうしたの? なんか、また失恋?」
「そんなはずないんだけどなぁ……? おかしいな」
だって。
あの二人の様子は穏やかで。
上手くいくと思ったのにな。
何かあったのだろうか。
ダメになるって、よっぽどのことだ。
小針が告白して、玉砕したのか。
いや、そんな勇気のある奴ではない。
じゃあ、やっぱり、いつもみたいに、よっぽど変態みたいなことをして嫌われたかのどちらかだろう。
「
「ううん。失恋のことは聞いていないけど。本気だったし。なんだか声かけられないよね」
佐野も小針を見る。
「本当だ。……だけど、一人にしておいて解決する問題なのだろうか」
「一人になりたい時もあると思うけど」
「そうだけど。あいつに一人は似合わないだろう」
佐野はそう言うと、小針の隣に座る。
「
「そうしているなよ。一人でいるといいことなんか一つもないぞ」
そんな様子に大橋も苦笑する。
そして、小針と佐野のところに行き、彼を間に挟むように反対側に座った。
「
「話してみたら。聞くよ」
「……」
いつも「バカみたい」ってバカにされてばっかりだけど。
こういう時、みんなが支えてくれる。
だからこそ。
ここにある。
自分の居場所だ。
「嫌われたっていいじゃない。おれたちがいるよ」
「そうだぞ。みんな、お前のこと、そう嫌いじゃないんだから」
大橋と佐野の言葉が、じんわりと胸に染み入る。
あれから。
結局。
図書館には行けていない。
どうしても本を返せなくて、早朝に寄って返却ポストに返した。
予約した本の件で、何度も携帯には連絡が入るが。
もう、あの場所には行けない。
彼との思い出が詰まり過ぎたからだ。
「おれ。最低なことをしたんだ。菜花さんが失恋している場面に遭遇してしまって。いつもの調子でバカみたいな振る舞いをした。そういうことをするタイミングじゃなかったのに。バカだ。お調子者で、周囲が見えなくて。見栄っ張りで。本気で人間としてダメな奴だったんだって自覚したらショックだ」
「菜花さんが失恋?」
大橋が尋ねる。
佐野は事情がよく分からないが黙っている。
「人が傷ついている時に、メガホンで励ますなんて馬鹿だろう」
事情は分からないが。
佐野は頷く。
「確かに。それはバカだ」
「やっぱりー……」
真顔で言われてがっくりするが、だけど。
佐野は笑う。
「かんとくらしいな」
「それ以外、思いつかないんだ。おれ。本気でバカ」
自分たちだったら、小針の温かさをそれでも十分に理解できるけど。
でも。
彼にそれが通用するとは限らない。
佐野は小針の肩を叩く。
「また探そうよ。きっと、かんとくのことを理解してくれる人はいるよ」
そう。
そうに違いない。
だけど。
大橋は思う。
そういう人だろうか。
彼は。
菜花という男はそれだけで小針を嫌いになるような男だろうか。
あの時。
図書館で小針と話をしている彼を思い出すと、そうは思えないなのだ。
そこで顧問の瀬野が顔を出す。
「練習をするぞ~」
小針はすっくと立ちあがる。
「ショックだが。大会は大会で別問題だ。よし。やろう」
真面目な顔の彼は少しコミカルだが。
大橋と佐野も立ち上がる。
自分たちの最後の県大会なのだ。
これを突破しないと、ここで終わりなのだ。
毎年、東北、全国と駒を進めているとは言え、気は抜けない。
一同は顔を見合わせて頷いた。
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