第7話 泣いている横顔
「夏休みだし」
「新人で忙しいんじゃないの。部活もあるでしょう?」
「そんなこと、菜花くんに言われる筋合いじゃないし」
「でも」
「あのね! 私は怒ってるんだよ? 就職して、住所も教えないし、それに連絡だってちっとも寄越さないじゃない」
「それは……りいちゃんも忙しいかと思って。県立高校の教員だなんて……」
「そんなの言い訳じゃない。私のせいなの?」
「そう、じゃないけど……」
彼は俯いた。
小針は動悸がした。
嘘だろ?
彼女だ。
きっと。
そうに違いない。
しかも大学時代からの彼女なのだろうか。
ショックだ。
小針は胸を押さえて呼吸に意識を向ける。
それはそうだ。
菜花に恋しているとはいえ、彼のプライベートなんてなに一つ知らない。
いつも自分の話ばっかり聞いてもらっている気がする。
そもそも、菜花に彼女がいるかどうかだって確認していたわけではないのだ。
独りよがりの恋だったのだろうか。
バカみたいだ。
またやってしまったのだ。
せっかく大橋が応援してくれているというのに。
涙が出そうだ。
「今日、私がなんでここまで来たかわかる?」
りいちゃんと呼ばれる女性はそう言った。
「え……?」
「もう、本当に鈍感なんだから。いい話で来たと思うの?」
「……思わない」
「当たり。あのね。もう私、うんざりなのよ。菜花くん、付き合ったって面白味もないし。あ〜あ、私の大学時代台無しよ。結婚相手を見つけるつもりだったのに。しがない公務員だもんね」
「……ごめん」
「しかも、気が利かないなんて、最低。もういいわ。だらだらとしていて自然消滅なんて私には似合わないから、こうして時間割いてお別れしに来たのよ。よかった。会えて」
「……りいちゃん」
「菜花くんはずっと一人がお似合いよ」
「そう、そうなのかもしれないね」
「分かっているなら、今度お付き合いする人には私みたいな思いをさせないようにしなさいよね」
「……ごめん」
「ごめんって。本当、菜花くんらしいわね」
りいちゃんは、そっと菜花の
小針のところからはよく見えないけど、キス?をしているみたいだった。
「じゃあね」
女性が立ち去るのをじっと立ち尽くしている菜花の後ろ姿をみていると、なんだか自分も悲しい気持ちになる。
菜花が振られたってことは、チャンスがあるかもしれないのに。
そうじゃない。
悲しい顔をしている菜花を見たくないのだ。
菜花に気がつかれてはいけない。
はったとして、草むらの中をそのままこっそり移動して抜け出そうとしたのに。
首からぶら下がっていたメガホンがあたって音を立てた。
「っ?」
弾かれたように振り返る菜花。
見つかった。
じっとやり過ごそうとすることも出来たのに、小針はすくっと立ち上がった。
「小針くん?」
菜花は泣いていた?
そんな顔見ていたくないじゃない。
小針はメガホンを握って大きな声で叫ぶ。
「菜花さんは、悪くない! 菜花さんは、優しくて気配りができる人だ! 菜花さんは、そんな人じゃない! おれはわかるんだ。菜花さん、頑張れ〜!」
言ってしまってからはっとする。
自分が嫌な奴に思える。
「最低だ」
なんだそれ。
失恋した人にそんなことを言うか? 普通。
バカみたい。
小針はメガホンなんてとその場に投げ捨てて走り出す。
「小針くん」
「さよなら!」
だめ。
こんなの。
馬鹿らしい。
もう菜花に合わせる顔がない。
デリカシーがなさすぎる。
馬鹿みたいに……。
小針は半分泣きながら自転車に飛び乗って走り出した。
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