第6話 目撃!家政夫は見た!


「なんだよ〜、いい感じなとこじゃん」


図書館を出ると、大橋に肘で突かれる。


「べ、別に。いい感じもなにもないぞ。図書館で本の話をするだけだし」


「漫画しか読まなかったくせに」


「少しは読めるようになった。……まあ、苦労しているが」


「そう。でも、きっと菜花なばなさんってかんとくが本を好きでも嫌いでも関係ないのかもしれないよね」


「そうだろうか」


「うん。なんだか……」


そんなことを気にするような人ではないのではないかと思うのだ。

菜花という男は、学校でも変人扱いの小針を一人前の人間として扱ってくれる。


「小針が、みんなのためにおちゃらけてるの知ってるし」


「おちゃらけているわけじゃないんだぞ。おれは。ただ、どうしてもそういう役回りになるっていうか……第一、おれが部長に指名されたのだって未だに理解不能だ」


「おれには、なんとなくわかるかな〜……。確かに手のかかる部長さんだけどね。おれ、思うんだ。他の誰かが部長だなんて考えられない。おれたちの代の部長は小針しかいないと思うんだよね」


冬和とわ……」


「ねえ、小針」


大橋が彼のことを名字で呼ぶ時は本気な時だ。

いつもはほわほわとしている毒持ちの大橋なのに。


「な、何だよ」


「小針はさ、おれのこともこうして面倒見てくれるし、何だかんだ言ってもみんなの面倒も見てくれるし。そろそろ幸せになってもいいんじゃないか?」


冬和とわ……」


「おれ、応援してる。お前の恋。なんかいつものお前とは違うし、それって、結構本気なんじゃないかって思うんだけどな」


「……そうなんだろうか」


「そうでしょう? 前回なんて、惚れて直ぐに告白して振られて。その前もそう。お前さ、気がついていないかもしれないけど、いつもだったら、もう告白して振られてるって」


「は……そうかも。どうしてだろう? 菜花さんのこと好きなのに。なかなかその気持ちを口に出してはいけないような気がして……」


「それって、菜花さんのことが本当に大事なんだよ。きっと」


「大事……」


「そう。小針は菜花さんがとっても大事。気持ちを軽々しく口にできないくらいにね」


そうなのかもしれない。

どうしてだろう。

これが恋?

今までのはなんだったんだろう?

彼と出会ってから、寝ても覚めても彼のことばかり。

こんなこと、初めてかも知れない。


駅の自転車置き場に自転車を止めて、そのまま駅入り口に向かおうとした時。

小針は気がつく。


「やべ。本返しにいったのに、すっかり忘れてた」


「ごめん。おれが邪魔したからだね」


「いいんだ。別に。おれ、返しておきたいから戻るわ」


「これから?」


「大丈夫だ。そろそろ閉まる頃だし。返却ポストに入れるだけだと次の電車に乗れるし。また明日」


置いたばかりの自転車に乗り込み、去っていく彼の後ろ姿を見送りながら、大橋は思う。


「うまくいくといいんだけどな……」



–––––––––––––––



辺りは真っ暗だ。

時計の針は午後七時を回っている。

図書館も終了してしまっているだろう。

返却ポストは正面玄関から左手に回り込んだ裏手にある。

敷地内には、緑の木々が生茂り、せみの鳴き声が響く。

所々に通っている屋外灯が橙色の光をたたえていた。


「これはこれで雰囲気いいな」


そんなことを呟きながら、裏手に回ろうとすると、ふと人の話し声が聞こえた。

立ち聞きするつもりはない。

ここは、みんなが通る場所でもあるのだから、なにも恐縮する必要なんてないのかも知れないのに、ふと耳に入ってきた名前に驚いて、思わず草むらに体を隠してしまった。


「菜花くん」


女性の透き通るような声が呼ぶ名は、『菜花』と言ったのだ。


「え……」


外灯の光の加減で見え隠れする後ろ姿は、小針の大好きな菜花の後ろ姿。

ほっそりしていて、くびが長い。

間違いない。

彼だ。

そして、彼の目の前に立っている女性は、栗色の肩までの髪を揺らす綺麗な女性だった。

色白でほっそりしていて、小針でも思わず見入ってしまうほどの美女。


「りいちゃん、あの……わざわざどうしたの? 学校は?」


菜花の声。

女性を「りいちゃん」と呼んだり、敬語ではないところからして、親しい間柄であるということはよく分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る