第5話 約束


練習が終了し、大橋が帰った後。

小針は少し遅れて図書館に足を運んだ。

大橋と鉢合わせになりたくないからだ。


そろそろと玄関を潜る。

と、入った瞬間に右から人が飛び出してきたかと思うと、がっちりと大橋に腕を掴まれていた。


「ほほう。小針くん。一人図書館とはどういう風の吹き回しかな〜」


「な、冬和とわ……なんで」


志田しださんから聞いているんだからね! 菜花なばなさん目当てに足繁く通ってること!」


「ぐ……」


あのおばちゃん、お喋りだ。

小針は内心、そんなことを思うがもう遅い。

大橋はそのまま腕を掴んだ姿勢で、カウンターに小針を連行した。

座っていた菜花は、小針の顔を見ると手を振る。

小針も手を振り返したが、大橋は面白くない顔をする。


「ち、お近づきになりやがって……」


「仕方ないだろう。おれたち友達だし」


「なんだよ。友達って」


なんだか小針が調子に乗っているのは面白くない。

ちっと舌打ちをしたかと思うと、大橋は菜花に声をかけた。


「菜花さん、小針の友達になってくれてありがとうございます」


半分は嫌味な言い方なのに、菜花はにこっと笑顔を見せた。


「いいえ。こちらこそ。小針くんみたいな優しいお友達ができて嬉しいです」


嫌味が通じないのか。

大橋はますます面白くない。


「かんとくなんかと仲良くしてくれるなんて、本当に菜花さんは人がいい」


「そういえば、大橋くんは小針くんのことを『かんとく』と言いますが、どうしてなんですか?」


「これですよ、これ」


大橋は小針の鞄に隠されたメガホンを取り出す。


「や、やめろよ! 冬和とわ!」


図書館であるということも忘れて小針は抵抗するが遅い。

ああ。

終わった。

変人扱い。

馬鹿にされる。

大橋は勝ち誇ったようだ。

本当に性格悪いんだから!

内心そんなことを思っていると、菜花はメガホンを受け取ってマジマジとそれを眺めていた。


「あの」


「凄い出来ですね。手作りですか? この円錐型って難しいですよね。ぴったり収まっているし、どういう作りなんだろう? ちゃんと口つける方もついているんだ……。紐はどうやって付けているんでしょうか。ああ、なるほど」


妙に真面目に観察している菜花を見て大橋は唖然とした顔をした。


「嘘でしょう……」


「メガホンを持っているから『かんとく』なんですね。小針くんは何部なんですか? メガホンを使うなんて体育会系? いや。そうは見えないのは気のせいでしょうか」


「おれたち合唱部なんです」


冬和とわ


「いいじゃん。別に」


「合唱部ですか。それは凄い。歌うんですね」


菜花はにっこりとして小針を見た。


「小針くんの歌声、聞いてみたいものですね」


「そ、そんな。おれなんて、下手っていうか……」


「菜花さん、今度、かんとくは県大会でソロ歌うんですよ?おれたちと」


「ソロ? 一人でということですね? すごいな……是非聞いてみたいですね」


「な、ちょっと。そんな。あの」


「実は、県大会はすぐそこの文化センターが会場なんですよ」


「ああ、いつなんです?」


硬直している小針を差し置いて、大橋は勝手に話を進める。

スケジュール帳を確認した菜花は頷いた。


「今月末の土曜日ですね。お盆中の振替休日でお休みの日でした。実家にでも帰ろうかと思っていましたが、聞きに行けそうです。何時からなんでしょうか」


「おれたちの出番は午後二時二十分からです」


「なるほど。了解しました」


彼はさっそく手帳に予定を書き込んだ。


「な、菜花さん。そんないいんですよ? 話合わせなくても。ご実家、遠いのではないですか? お盆もお仕事なんですよね? ご実家に帰った方がいいです」


小針は慌ててそう言い放つが、彼は首を傾げて笑う。


「大丈夫です。おれの実家、梅沢うめざわ市なのですぐ近いですし。日帰りでも平気です。この年になって実家にずっといるなんて窮屈なものですから。どうせ配属先は本庁でも一人暮らしをする予定でいした」


「そんな……」


「それよりも小針くんの歌声です。楽しみです」


「おれたち、全国大会目指しているんです。昨年の先輩たちにも連れて行ってもらったし。ね」


大橋は小針を見る。

それを受けて、小針も大きく頷いた。


「今度は、おれたちが連れて行きたい。後輩たちを連れて、全国に行くんです。おれたちは」


瞳を輝かせて遠くを見てた小針。

菜花は一瞬、言葉を失って、それから微笑を浮かべた。


「絶対に聞きに行きます」


「え! でも、それは……」


「応援しています。小針くん」


にこっと笑う彼の笑顔は眩しすぎる。

小針は赤面し、そして俯いた。


「あ、ありがとうございます……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る