第2話 若気の至り


小針にとったら、最初の邂逅は強烈すぎた。

寝ても覚めても、菜花なばなの笑顔が忘れられない。

あの細い首も、腰も。

触れてみたい。

そんなことを考えている自分にはっとしてから首を横に振る。

仕方ないじゃないか。


「おれだってお年頃だぞ……」


異性に……じゃなく。

好みの男性がいたら触れてみたいと思ってしまうのだ。


この前、間違ったとは言え、手を握れたことはこの上ない幸運だった。

無意識とは言え、我ながら「でかしたぞ、褒美をとらそう」である。


彼の感触を思い出すかのように右手をぎゅっと左手で握りしめる。

触れたい。

それ以上もしてみたい。

そんなことを想像すると、体が熱くなる。


「やばいな」


ドキドキとする。

こんな状態で勉強なんて捗るわけがない。

もう明日から八月なのに。

部活も勉強も手につかない。

妄想に駆り立てられるばかりだ。

熱くなってきている自分の股間をじっと眺めてから、そっと手を伸ばそうとした時。

突然、勉強机の上に置いてある携帯が激しく鳴り出した。


今日は部活が午前中で終わったので、午後は自室で勉強中だ。

家族は誰もいない。

両親は仕事。

姉は大学生でバイト三昧。

妹は中学校の部活だ。

誰もいない自宅で、ドキドキの昼下がりだったのに。

慌てて通話ボタンを押す。


「は、はい。小針ですっ」


慌てて対応したせいで、息が切れる。


『もしもし? 葱市立図書館の菜花です』


心臓が飛び出すかと思う。

まさか、今まさに妄想していた相手からの電話なんて。

なんだか運命を感じてしまう反面、罪悪感が芽生えた。


「あ、な、菜花さん。こんにちは……」


段々と声が小さくなる。


『今、お話しても大丈夫ですか』


「え、ええ」


『先日、ご予約いただきました本が戻ってきましたので、お知らせしようかと思いました』


「あれ?早くないですか。確か八月三日だったはずじゃ……」


『あの方が、他に借りたい人がいたのに、先にお借りして申し訳ないと早めに返却してくださいましたので』


あの初老の男性が。

とても気配りのできるいい人なのだろう。

それに比べて、自分はなんてことをしているのだ。

好きでもない本を予約して。

菜花の気を引きたいだけじゃないか。

小針は恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。


「すみません。何だかご迷惑ですね……」


『そんなことはありませんよ。この本、おれも読みました。とても分かりやすくていい内容です。是非、小針くんにも読んで欲しいと思います。お忙しいとは思いますが、お時間ある時にお立ち寄りください。お取り置きしておきますね。では、失礼いたします』


なんだか、受話器の向こうで彼が微笑んでいる様子が脳裏に浮かぶ。

大した気の利いた言葉も言えないまま、電話が切れてしまうと後悔ばかりが押し寄せる。


だけど、気持ちとは裏腹に菜花声を聞いてしまうとたかぶっていた身体はますます興奮するばかりだ。

本能のままの自分が嫌だ。

今まで誰ともしたことなんてないし。

なのに、どうしてだろう。

誰もいないことを頭でわかっているくせに、なんだか後ろめたい気持ちになってこそっと身体をかがめる。

そして、そっと自分のものを握りしめた。


「……ッ」


手で根本から扱き上げると、我慢していた液体が溢れる。


「菜花さん……っ」


彼を思ってこんなことするなんてバカらしい。

なのに、やめられない。

今度会った時にどんな顔をすればいい?

こんな男子高校生なんて相手にしてもらえる訳ないじゃない。


「……っ」


息が上がる。

自分で自分を慰めるなんて。

生まれてこの方、これしか知らない。


「くッ」


出ちゃう。

慌てて側のティッシュを手に取り、溢れ出す液体を受け取った。


「はあ、はあ……」


机に肘を突いて汗に塗れた額を押し付けた。


「ばかみたい……」


なんだかいつもの恋とは違うみたい。

今まで恋した相手を思って自慰行為をしたことはない。

なんで?

彼は特別なの?

にこっと笑う彼の笑顔と比べたら、なんだか自分は汚れて見えてがっかりしていた。

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