第8話 恋、始まりました。
「もう、いい加減にしなよ? かんとく。あんなに騒いで。連れて行かないんだから……?」
外に出て、そばのベンチに腰を下ろした小針は、大橋の言葉なんて耳に入っていない。
大きくため息を吐いた。
「あの、
「あの人は四月から配属された人だよ。市役所職員じゃなくて、県庁の人なんだって。おれは事情は分からないけど、葱市は中核市でしっかり運営しているから、勉強してこいって追い出されたんだって」
「追い出された」という表現は耳に突く。
多分、それは事実とは異なる表現であると思われるが、大橋は
「そうなんだ。いつまでいるのかな」
「さあね。元々は県庁の人なんでしょう? そんなに長くはいないんじゃないの」
「そうだよな。そうだな」
「ってかさ。お前の嘘、酷すぎ」
大橋は口を尖らせる。
「な、なんでだよ」
「本好きそうな顔しやがってさ。漫画しか読まないくせに。しかもなに?あれ。仏像の本なんて読むのかよ」
「よ、読むさ! 仏像は大好きさ! 大好きさ〜!」
小針はメガホンを持ち上げると大声で叫ぶ。
そばを通っていく親子が不審な目で見ていた。
「ママ。あの人、変なもの持っているよ」
「見るんじゃありませんよ」
「ああ、もう! かんとくといるとだからヤダ。おれまで変人扱いじゃん」
「すまん。つい。興奮してしまって……」
小針はしゅんとした。
本当に嫌なところ。
自分でもわかっているのだ。
興奮すると何を仕出かすかわからない。
この気持ちを持て余すので、大声で叫んでしまうのだ。
「だけど。あの人と出会った瞬間。バッハが降りてきて、これは『運命だ』と確信したのだ」
「それって、この前も言っていたじゃん」
「……ぐ。この前はこの前だ。今回は違う! 断じて違うのだ」
「はいはい。0勝50敗の記念すべきお相手が菜花さんだとはね」
「失恋するとは限らないじゃないか」
「あのね! かんとく」
大橋は真面目な顔で小針を見る。
「世間一般とおれたち
「
「おれたちがどんなに苦労しているか分からないだろう? もう。嫌になっちゃうし」
彼はそう言い放つと立ち上がる。
「ほら。帰るよ。電車の時間になっちゃう」
「本当だ。……
小針は素直にそう謝る。
そう。
大橋は、
二人は、一年生の頃から仲がよかった。
それは小針でも承知のことだったが、二人がいつからそういう関係になっているのか、小針には分かり兼ねる。
しかし、現時点で恋人の関係であることは理解していた。
白木はずっと大橋を見守っていた。
いつか報われるといい。
そう陰ながら応援していたのだが、三年生になる頃から、二人が纏っている雰囲気が変わってきたのに気が付いた。
きっと、それは二人の関係が変化した証拠だったのだろう。
だけど、大橋たちには大橋たちの悩みがあるようだ。
いつも恋はするけど、結局は実ったことのない小針には理解のできないことであるが……。
「別にいいよ。悪気がないのはわかっているしね」
大橋は、ふと笑みを見せると自転車置き場への向かう。
「帰ろう」
「そうだな」
夕焼けの空は燃えるように赤い。
小針の新しい恋の幕開けは突然だったのだ。
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