第3話 完全無欠の童貞野郎


夏休み初日。

せっかくの夏休みではあるが、音楽部は忙しい。

なにせ、8月末にはコンクールが控えているからだ。


9時に始まった練習は、16時まで続いた。

夏休みはほぼ一日の練習が相場なのだ。


後輩たちが帰宅した後、主要メンバーは集まって反省会を行う。

残っているのは各パートマスター、通称パーマスたちと部長、副部長、学生指揮長だ。


男声合唱団は、パートは四つに分かれる。

高音部から順に、トップ、セカンド、バリトン、ベースだ。

その四つのパートの代表がパーマスであった。


「セカンドの一年、少し譜読みが遅れているんじゃないか」


「その通りだ。ピッチ上げるように二年には指示しているのだが、なかなか」


「今年は楽譜読めないやつがセカンドに集中しているからな」


「明日からはおれが担当する」


「それがいいな」


「それよりも、ベースの高橋、少し声質おかしいぞ」


「そうだな。注意しているのだが。変な癖つき始めている」


「じゃあ、それはおれが直しておく」


こんな感じで細かい調整をこなし、役割分担を行うのだ。


「で、かんとく。全体の反省は?」


佐野の促しに、小針はみんなを見渡した。


「そうだな。全体的に出遅れている。このままだと練習を増やさなくてはいけない可能性も出てくる。みんな、一年生が遅れを取らないよう、なんとか気にかけてやってくれ」


小針の言葉に一同は頷いたが、ふとバリトンパーマスの秋月あきづきが声を上げた。


「しかし、そういうお前もなんとかしとけよ」


「へ?おれ?」


「そうだよ。お前のソロ、ひどいもんだ」


秋月のコメントに、大橋も笑った。


「本当、本当。かんとくソロ、一番ダメダメだよね」


「う、うるさいな〜……」


「偉そうなこと言っちゃって。自分が一番できてないんじゃない」


ベースパーマスの津守つもりも茶化す。


「お前だってな……」


一同は顔を見合わせて苦笑いするしかない。

今年の自由曲では、各パート一人ずつソロで歌う部分があるのだ。

トップは大橋。

セカンドは佐野。

バリトンは小針。

ベースは津守つもり

顧問に選び出されたメンツはこの四名だ。


しかし、それぞれに問題は多い。

大橋はともかく緊張に弱い。

極度のあがり症なのだ。

ひどい時には、吐きながらステージに立つという強者だ。


次に佐野。

彼は、三年生になってから体調が悪いようだ。

なにか持病があるようだが、小針は詳しくは知らない。

学校も休みの時が時々ある。


さらに津守つもり

彼は体力がない。

ともかく息が続かないので、よく顧問には怒鳴られている。


そして、自分。

このメンバーの中では比較的安定しているほうなのかもしれないが、なにせ思春期。

惚れやすく振られまくりの小針は、気持ちの落差が激しい。

恋愛中、いや片思い中だとテンションマックスで調子も全開だが、失恋するとあっという間にどん底行きだ。

まあ、彼の場合、失恋は日常茶飯事なので立ち直りも早いのだが。

つい先日、告白した回数49回目を達成。

そして、勝敗は0勝49敗0引き分。


小針結助、17歳。

お付き合い経験ゼロという完全童貞野郎である。

小針の心配事は、コンクール近くなって失恋しないこと。

それに尽きるのだった。

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