第7話 従者

 「今年がちょうどその千年後じゃ。天記の目覚めに間に合ったの」


 二人は驚いた。そんなタイミングのいい話なんてあるのか、と岳斗が目を丸くして言った。まるで、誰かに仕組まれているかのようだと、天記も思った。

 紫龍が言った。


 「ナギはそもそも、人に危害を加えてしまった時点で、消えるべき存在じゃった。エンキを無にすることのできる者が生まれ、自分の力を与えるために、千年もの間、存在していたんじゃ」


 「エンキを無にすることができる者。それが天記さん」


 岳斗の言葉に、天記は今朝見た夢を思い出していた。あの夢は本当にあったことで、背の高い男はナギ。自分の父親なのかと。

 紫龍に聞いた話が事実だとすれば、自分はとてつもない大役を任されたことになる。天記は急に恐ろしくなった。どこに焦点を合わせたら良いのかもわからないくらい、視線が泳いで、鼓動が速くなっていくのを感じた。


 岳斗は天記を見た。

 今まで、こんな重大な物事に向き合ったことなどない天記だ。突然背負った責任は、自分が今まで抱えていたものと、比べようのないくらい大きい。小さく視線を動かして、落ち着きのない様子の天記。岳斗は、そんな天記の隣の席に座ると、優しく肩に手を置いた。

 天記は不安そうに言った。


 「俺、これからどうしたらいいの?そのエンキとかいうやつと戦って、そいつを消さなきゃいけいないんだよね」


 背負わされたものの重さで、天記は今にも押しつぶされそうだった。


 「大丈夫です。俺も一緒に戦います。俺の先祖はそのために、代々この場所に住んで、ナギとその周りの全てのものを守ってきたんです。俺は、龍神族の子孫で天記さんの従者です」


 天記は岳斗を見た。従者とは、つまり天記に仕える者ということだ。岳斗は、ずっと前から自分のしなければならないことを知っていたのだ。天記が何も知らず、ただ周りの人たちに生かされていただけの間も、ずっと一人でこの事実を抱えてきた。

 岳斗は、大丈夫というように小さくうなずいた。

 

 しかしながら、今ここで起きていることを目にしてもなお、天記には今ひとつ実感できなものがあった。

 敵と思しきものの姿も知らず、どこにいるのかもわからない。戦うと言っても一体どうしたらよいのか、あまりにも漠然としていて逆に不安になった。


 「その、エンキっていつ現れるの?」


 天記の質問に紫龍は簡単に答えた。


 「もう現れておる。岳斗は既に気付いておったはずじゃ」


 そう言うと紫龍は、テーブルの上に乗せていた岳斗の右腕の上で旋回した。

 岳斗の右腕につけているブレスレットは、天記に危険が迫った時に反応する。岳斗の手首を締め付けて知らせるのだ。

 岳斗は先日の下校途中での出来事を思い出していた。ブレスレットがそれを知らせたのはあの時が初めてだった。一度だけだったら、気のせだと無理にでも思い込んだかもしれない。しかし、あの時は二度も同じように、岳斗の手首を締め付けた。

 明らかに猫に反応したのだと思ったが、あの時は恐ろしくてうまく対処できなかった。ブレスレットを外し、その場から立ち去ることしかできなかったのだ。

 従者というには、ふさわしくない対応であったろう。しかし、岳斗自身も心の奥底で、祖父に言われ続けていたことに不信感を抱いて生きてきた。実のところ、心の準備など全くできていなかった。


 「あの猫がエンキだったの?」


 だとすれば、従者としての初仕事は全くもって失敗だ。


 「そうじゃない。あの猫はエンキに操られていたにすぎん。エンキは別の場所におるんじゃろうが、そこまではワシにもわからん」


 紫龍の言葉に、少しホッとはしたが、自ら従者だと名乗っておきながら実は何もわかっていない自分に、岳斗は不甲斐なさを感じていた。

 だいたい、あんな可愛い仔猫の姿で現れる「危険」など想定外だ。戦うべき敵といえば、もっと厳つくて強面で、邪悪な感じを想像していた。岳斗の中で、可愛いと敵はイコールではなかった。

 そもそも、エンキは何のために猫を操っていたのか。天記の存在を確かめるためだったとしたら、もう既に居所を突き止められていたとしても不思議はない。岳斗は頭の中で必死に考えていた。危険が迫っているのだとしたら、どう対処するべきかと。

 

 一方の天記は、岳斗と紫龍のやりとりの端々から、どうにか真意を掴もうとしていたが、全く理解できずにいた。すっかり置いて行かれている感じにヤキモキして、岳斗と紫龍を交互に見ていると、ようやく岳斗が気づいてくれた。

 岳斗は、これまでの事を天記にもわかるよう丁寧に説明した。


 「天記さん。俺のブレスレット、見えますよね。そもそもこのブレスレットは、普通の人間には見えないんです」

 

 「こんなにはっきり見えてるのに?」


 小さな群青色の石が丸く連なって、一つだけ薄い緑色の勾玉が付いている。これほどはっきり見えるのに、人間に見えないとは。天記は、ブレスレットに手を伸ばし恐る恐る触ってみた。

 

 「普通の人間には、触ることもできません。多分、俺の手首の感触しか伝わらないはずです」

 

 それは、龍神族の長となった者が代々引き継いできた物で、自分や天記を守るための結界になってくれていること。危険が迫ると手首を締め付けて、教えてくれるということ。

 そして、先日仔猫に天記が触れた時、ブレスレットが反応したということを説明した。


 「あの仔猫の後ろに、一瞬だけど、ぼんやり大きな黒い影が見えたんです。あの時は、それが現実のことなのか判断できませんでした」


 「わしにははっきり見えた。あの影はエンキじゃ。あの仔猫は操られておった。岳斗のおかげで、天記の存在は向こうに気づかれてはおらんはずじゃ。うっかり連れて帰ってきたりせずに済んでよかった」


 紫龍の言葉で、岳斗の対面はなんとなく保たれた。

 それから紫龍は、フワフワと天記の目の前に移動してきて言った。


 「お前はまだ子供じゃ。まともに戦うにはそもそも力不足なんじゃ。今はまだ、向こうに見つからんようにするのが肝心じゃ。これから長い時間をかけて成長し、戦えるだけの力を養わねばならん」




              * * * * *   

      



 エンキは蘇っていた。半年ほど前、ちりぢりになった欠片の一つが、ナギに喰いちぎられてしまった片腕を探して、地中深くからい上がってきた。

 欠片は地上に出てきてすぐ、小さな黒いモヤモヤとした塊となって、宙を浮かびながらさまよっていた。

 自分と同じ、邪悪な念を持つ者を探しながら。

 そうしているうち見つけたのだ。人間に虐待され傷ついた猫が、人間を怨みながら死にゆくのを。

 黒いモヤモヤとした塊は、深い地の底から響くような、低く重い声で猫に話かけた。


 「苦しいか?辛いか?憎いか?そうか、火の中に放り込まれたのだな。その怨み、この私が晴らしてやろう」


 そう言うと、息も絶え絶えな猫の口や鼻から、黒いモヤモヤとした塊がずるずる入ってゆく。猫は起き上がり、意志とは関係なく体を震わせながら、ムクムクと体を大きくさせた。金色に目を光らせ、生きてきた頃の三倍ほどの大猫になった。背中の毛は異常に逆立ち、手足の爪は必要以上に鋭く伸びた。

 化け猫の様相に変貌したそれは、グルグルと喉を鳴らし、次に大きく一声鳴いた。

 長く響いたその声は、化け猫の周りにたくさんの猫達を集めた。その時点で猫たちは既に、化け猫の支配下にあった。

 そこいら中で猫の鳴き声がしていたが、化け猫がしゃがれた低い声で話し出すと、すぐに静まりかえった。


 「我が名はエンキ。これより、お前達の主人となろう。まずは龍神の子を探せ。居所を突き止めろ。怪しい場所には火を放ち、焼き払うのだ」


 猫達はクモの子を散らすように、方々へ走り去っていった。その中の一匹が、公園で見つけた子猫であり、そしてそれが、ここ最近の放火事件の真相であった。

 化け猫は、天記が隠れるに最適な場所を模索した。神を祀る神社は、身を隠すのに最適であろう。もし、隠れてなどいないとすれば、名前に『龍』や『竜』の文字が使われている子供の中に居るかもしれない。

 いずれにせよ単純すぎる理由だが、あながち間違えてもいない。事実、天記は神社の隣に住んでいる。ただ、無作為に神社を狙っても、天記にたどり着くには、よほど運がよくなければ無理であろう。

 しかし、エンキは急いではいなかった。時間はいくらでもある。それに、自身の魂の欠片を一つずつ見つけ、完全体になるまでにはかなりの時間を要するだろう。天記を見つけるのは、それまでの間で良いのだ。

 エンキは、蘇ったことの喜びを噛み締め、この世を充分楽しむつもりでいた。


 天記は、この事実を知る由もなかったが、この状況では知らぬが仏である。たとえ知ったとしても、対処のしようがない。知れば、自分のために見ず知らずの子供達が拐われている事実に、ただただ苦しむだけである。

 しかし、岳斗の方はそれにもなんとなく気づいていた。隣町の小学生が消えた事件も、エンキの仕業ではないかと密かに思っていた。そして、それを天記に知らせるのはやはり酷だと感じていた。

 今は、この状況下における対策を考えるしかない。そこで岳斗と天記、二つの小さな龍はとりあえずのルールを決めた。

 まず、猫に気を付けること。天記は、絶対猫には触れないこと。なるべく龍神の力を使わないこと。力を使うとすぐに居所を知られてしまうと、紫龍が言ったからだった。

 とりあえずそれだけを決めると、あとは相手の出方を待つことにした。二つの龍は姿を消し、岳斗と天記は地下から岳斗の部屋に戻ってきた。




              * * * * *

   

        


 夜もすっかり更けていた。岳斗は自分のベッドを天記に貸して、自分は床に布団を敷いて寝る。いつものことだ。

 今日一日、信じられないことばかり起こった。体は疲れ切っているのに、なぜか神経が張り詰めていて眠れない。試合、小さな龍、父親、エンキ、頭の中を同じことが何度も巡って止まらない。早く寝たい、そう思えば思うほど緊張し、鼓動の音が耳について離れなくなる。

 何度も寝返りを打っていると、岳斗が落ち着いた口調で言った。


 「天記さん眠れないんですか?俺もです。俺もたぶん同じ気持ちです。でも、とりあえず寝ましょう。難しいことは、また明日考えましょう」


 やっぱり自分はいつも守られ、気遣われている。いつまでも子供でいる自分を情けなく思いながらも、岳斗の言葉に心が落ち着く天記だった。

 自分をわかってくれる人がいる。そう思うと安心できた。しばらくして目を閉じると、夢など見ることもないほど深い眠りについた。


 十二年目の誕生日も、月はきれいに輝いていた。




                             つづく

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