第6話 龍神ナギの物語 ⑵


 その娘は、名前をマナと言った。

 マナが村に来てから幾日か経った。村人にもすぐになじんで溶け込み、ナギもまたマナを村人と同じように大事にした。

 マナと一緒にいると毎日が楽しく、今までに感じたことのない喜びを感じた。

 マナは元気を取り戻しつつあったが、時折何かを思い出したように暗い表情をすることがあった。

 町のことを心配していることはよく分かっていたが、ナギにはどうすることもできなかった。

 しばらくして、ナギは町の様子を見に行くよう、村人の一人を使いにやった。

 そして村人は、よくない知らせを持って帰ってきた。


 「町はすっかり支配されました。町のおさは捕らえられていて、このままではいつ殺されてしまうか判りません」


 それを聞いたマナは、次の日村から消えてしまった。どうやら町の長とは、マナの父親のようだった。父親を心配し、町に戻ったに違いない。

 ナギは悩んだあげく、町へ向かった。

 町はナギが以前に見た姿とすっかり変わってしまっていて、にぎやかだった町の通りにはほとんど人の姿はなく、皆家にこもって出てこようとしなかった。

 ようやく見かけた町人に長の家を尋ね、ナギが長の家にたどり着いた時、そこは婚礼の真っ最中であった。

 たくさんの人が集まる中で、美しい婚礼衣装を身にまとったマナが、見知らぬ男のとなりに立っている。


 「マナ!」


 突然、ナギは今まで感じたことのない感情に支配された。


(マナを、誰にも渡したくない)


 そして、次の瞬間人の姿から龍の姿に変化していった。

 瞳は青味がかった銀色になり、両手の爪が伸び、角、牙、体中にうろこが現れ、たちまち大きな青い龍の姿になった。

 豪族たちが驚きの声を上げ、一斉に後退りした。

 マナのとなりにいた男だけは、マナの前に立ち、ナギから花嫁を守ろうと刀剣を手に取った。

 ナギは豪族やその手下たちに向かって、低くうなり声をあげた。そして、人の声ではないそれで「ムスメヲワタセ」と、言った。

 逃げ出す者もいる中で、残った者たちは皆その手に弓矢や刀剣を持ち、ナギと戦うべくマナとの間に立ちはだかった、



      ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎



 「……と、いうわけだ」


 「えっ、なんで?どういうわけ?」


 紫龍が急に話を止めてしまったので、岳斗と天記は顔を見合わせてきょとんとした。


 「そのあと、どうなったんですか?ナギは戦って勝ったんですよね」


岳斗が待ちきれず、先を急ぐように聞くと天記も紫龍の方へ身を乗り出した。

 しかし、紫龍はその続きを話そうとはしなかった。


 「ナギは勝ったさ。マナを自らのものにしたくて、相手の右腕を喰いちぎり、左目を爪で潰してな。もっと聞くか?」


 二人は黙ってしまった。

 戦うということが、自分たちのスポーツ剣道とは全く違う、防具などに守られているような、生易しいものではないということを悟ったからだった。

 しばらく沈黙した後、赤龍が話し出した。

 

「男の名はエンキ。その戦いの後しばらくして死んだ。だが、魂は地上に残った。怨みのこもった魂は、次第にどんどん膨らんで、たくさんの闇を取り込み、とうとう鬼になった」


 それからエンキは、地上の人々を苦しめ、事あるごとにナギを困らせた。エンキとナギの戦いは長い年月続き、見かねた天御中主神はナギにエンキの魂を封印する力を与えた。その力でエンキの魂は弾け、ちりぢりになり、各地に飛び散って封印された。

天御中主神はナギにこう言った。


 「お前は人に心を奪われ、正気を失ったようだ。人の幸せのためにこの世に遣わしたお前が、人に危害を加えることになってしまった。お前の罪は重い。したがってお前は自分の罪を償わなければならない」


 ナギは自分の罪を理解していたし、償うことが必要だとも思った。


「どうか私を天へ帰してください。私は龍神でいる資格はない。そうでなければ、いっそのこと、私の全てを消し去ってほしい」


 しかし天御中主神はそれを許さなかった。


「この封印は完全ではない。人の怨みとは恐ろしいものだ。二千年の時を経てエンキは再びよみがえる。よみがえったエンキを倒す事が、お前の償いだ」


 ナギはそれを受け入れるしかなかった



              つづく

              


 

 

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